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月刊児童文学翻訳

─2004年5月号(No. 60 書評編)─

※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版+書店街>
http://www.yamaneko.org/
編集部:[email protected]
2004年5月15日発行 配信数 2370


もくじ

◎注目の本(邦訳絵本):『きょうも いいこね ポー!』 チンルン・リー文・絵
◎注目の本(邦訳読み物):『ママは行ってしまった』
クリストフ・ハイン作/ロートラウト・ズザンネ・ベルナー絵
◎注目の本(未訳絵本):"At Home in This World: a China Adoption Story"
ジーン・マクラウド文/チン・スー絵
◎注目の本(未訳読み物):"Kira-Kira" シンシア・カドハタ作
◎Chicoco の親ばか絵本日誌:第27回「想像の世界はよいところ?」

●このページでは、書店名をクリックすると、各オンライン書店で詳しい情報を見たり、本を購入したりできます。

「どんぐりとやまねこ」


注目の本(邦訳絵本)

―― ポーのうたう歌で、今日もみんながしあわせ、元気! ――

『きょうも いいこね ポー!』  チンルン・リー文・絵/きたやまようこ訳

フレーベル館 定価1,260円(税込) 2004.03 32ページ
"Good Dog, Paw!" by Chinlun Lee
Walker Books, 2004

 黒くて長い耳に、大きなお鼻とまわりに散らばる小さなてんてん模様……「ぼくは、いぬのポー」。このとびきりキュートなポーが主人公の絵本です。

 ポーは、動物のお医者さんをしているエイプリルといっしょにくらしています。エイプリルがだいすきで、歌がだいすきなポーは、いつもとってもいいこ。エイプリルの診療所では、待合室のみんなのために、毎日歌をうたってあげます。それもただの歌じゃないんですよ。みんながはやく元気になるためのアドバイス、それから、エイプリルがポーに教えてくれた「たいせつなこと」を、みんなにも教えてあげるための歌なんです!

 表紙から、見返しの作者、訳者紹介まで、ほのぼのとしたしあわせがいっぱいです。パステルと水彩絵の具で描かれた絵は、やわらかな線とあわい色合いがおしゃれであたたか。とにかくポーのかわいさに、頬をゆるゆるゆるめて読んでしまいます。朝、エイプリルを起こす後ろすがた、診療所でみんなのためにうたっているときの口もと、お仕事帰りに公園でエイプリルと遊ぶときの表情。そしてなんといっても、毎日朝と夜、エイプリルとふたりだけですごす時間には、また特別にかわいいポーがみられます。いぬにかぎらず動物ずきの人なら、このときのエイプリルとポーのしあわせをきっと共有できるでしょう。

 また、「ポー語」の歌が、わたしたちにちゃんとわかることば(?)に翻訳されているのも楽しい! 思わず「原語」はどうなっているのかな、と興味がわきます。

 エイプリルがポーに教えてくれた「たいせつなこと」は、ことばにしてしまえばたったのひとこと。でも、ポーのかわいらしさをたっぷり味わい、歌をきいて、最後に本をとじたときには、その小さなことばが胸の中いっぱい大きく広がっていたのでした。

(森久里子)

 

【文・絵】 チンルン・リー(Chinlun Lee/李瑾倫)

 1965年台湾台北市生まれ。1993年に『子児, 吐吐』(『たね、ぺっぺっ』/宝迫典子訳/PHP研究所)で信誼 幼児文学奨絵本部門大賞を受賞し、絵本作家としてデビュー。その後いったん創作活動を中止して、英国の王立芸術大学の修士課程で美術を学びなおす。長く日本や欧米からの翻訳作品が中心だった台湾児童書界で、今最も活躍が期待されている若手作家。

【訳】きたやまようこ

 1949年東京生まれ。文化学院卒。主な作品に「ゆうたくんちのいばりいぬ」シリーズ(あかね書房)、『りっぱな犬になる方法』(理論社)、『ただいまー』(偕成社)など多数、訳書にチンルン・リーの『100ぴきのいぬ 100のなまえ』(フレーベル館)がある。『犬のことば辞典』(理論社)の著者でもあり、本作の訳者にはまさに適任。

 

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注目の本(邦訳読み物)

―― だいじょうぶ、いつでもみてるよ ――

『ママは行ってしまった』
 クリストフ・ハイン作/ロートラウト・ズザンネ・ベルナー絵/松沢あさか訳
さ・え・ら書房 定価1,365円(税込) 2004.03 175ページ
"Mama ist gegangen"
by Christoph Hein, illustrations by Rotraut Susanne Berner
Belz & Gelberg, 2003

 8歳の息子が私に話しかけてきた。「お母さん、僕より先に死なないでね」それは無理と苦笑しつつ、だんだん「死」について考えるようになってきたのだろうかと感慨深くもなった。

 この物語は、ウラのママが亡くなり、その死を家族で受け止めていく様子があたたかい筆致で描かれている。ウラは、お兄ちゃんのカレルとパウル、そしてママとパパの5人家族だった。ママは仕事で忙しく飛び回り、パパは彫刻家としてほとんど家から出ずに仕事をしている。毎日が幸福にすぎていったのに、突然ママの気分が悪くなり、それから間もなく行ってしまった。ママを深く愛していた家族は、何をしてもママを思い出し、つらくてたまらない。そこへ、パパにピエタ像(死んだキリストをひざにだく聖母マリア像)を依頼した大司教さまが、仕事のはかどりぐあいを直接みたいと、ウラの家を訪れた……。

 大司教さまは、短い滞在にもかかわらず、子どもたちと深く心を通わせる。自分も母親を亡くし、大人になったいまも恋しく思っているが、この悲しみは愛する母親が存在していたからなんだよと、ウラたちに語る。この物語は、悲しいだけの話ではない。ウラたちの日常も、時間がたつにつれ少しずつ楽しみがもどってきた。つらい悲
しみは人生を豊かに生きるための時間にもなる。私には生別した親がいるが、その存在が幸せにつながるとは思わなかった。大司教さまの言葉はウラたちだけではなく、私の心にも素直に入り心がやわらいだ。ありがとうございます、大司教さま。

 パパはウラたちにこんな話をした。
  「人間でも芸術作品でも、微妙なところ、こまかいところ、かくれたところ、
   芯にある本来の美しさは時間をかけて発見するものだ」

 人も、ピエタという芸術作品も、じっくり時間をかけて芯にある美しさをみてほしいと、パパは願う。ひとたびその美しさを発見したならば、ピエタは人々にとって大切なものになるはずだ、と。ママのほほえみをピエタにきざみこんだパパも、長い時間の中でママの美しさを発見していったのだ。おいしい食事をした時のような幸福感で満たされ、私は本を閉じた。

(林さかな)

 

【作】 クリストフ・ハイン(Christoph Hein)

 1944年生まれ。ベルリンのフンボルト大学で哲学、論理学を修めたのち、翻訳、ラジオなどの脚本を手がける。そのなかで小説も発表し、1982年『龍の血を浴びて』(藤本淳雄訳/同学社)で作家として高い評価を得る。児童書の作品は、1984年に発表した作品『暖炉の下に馬がいる』(仮題/未訳)に続き本作で2作目。

【訳】松沢あさか(まつざわ あさか)

 1932年生まれ。名古屋大学文学部文学科(ドイツ文学専攻)卒業。富山県在住。訳書に『絵で見るあの町の歴史』(スティーブ・ヌーン絵/アン・ミラード文/さ・え・ら書房)、『一方通行』(クラウス・コルドン作/さ・え・ら書房)、『ウルフ・サーガ(上下)』(ケーテ・レヒアイス作/福音館書店)など多数。

 

《参考》

◇松沢あさか訳書リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/amatsuza.htm

 

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注目の本(未訳絵本)

―― 海を渡った養女、失われたルーツを求めて ――

『ふるさとは海をこえて〜中国からきた養女の物語』(仮題)
 ジーン・マクラウド文/チン・スー絵
"At Home in This World: a China Adoption Story" text by Jean MacLeod, illustrations by Qin Su
EMK Press 2003, ISBN 0972624414
32pp.

 米国では、アジアや中南米など海外から養子を迎えるケースが珍しくない。昨年中国からは7,000人近い子どもが養子として米国に入国した。その多くは物心つく前の年齢での養子縁組だが、成長するにつれ、養親と異なる容姿、定かでない出生の状況などからアイデンティティの確立に悩むのではないだろうか。また、養親はどのように「わが子」を受け入れているのだろうか。そんな思いをめぐらせていたとき、この絵本に出会った。表紙から語りかけるように微笑む少女は9歳。生後間もないころ、街で置き去りにされ、1歳のとき養女として中国から米国に渡った。少女は生い立ちをふりかえり、自分のルーツをさがしていく。

 少女の言葉は決してセンチメンタルではないが、さまざまな感情が心にひびいてくる。美しく繊細な水彩画は、少女の心の風景をそのままうつしだしているようだ。生みの親に愛され、はぐくまれるのは子どもにとって当然のことなのに、それがかなえられなかった喪失感は、はかりしれないほど大きい。少女が思いえがく、生みの親に
手放されたころのことは、まるで悲しみの涙でにじんだような絵で表現されている。養父母と出会い、成長していくにつれ、少女の生き生きとした表情がくっきりと描かれていく。

 養父母は、養子縁組前の事情の中から、知っていることは事実のまま話し、知らないことはともに想像し、ルーツを求める少女の心の旅につねに寄り添っている。少女は孤児になった理由を「自分のせいではない」と言い切り、音楽に才能があることや、養父母とまったく異なる容姿に自信と誇りをもつようになる。少女を支えてきた養父母の愛情はかぎりなく深い。

 作者も中国から2人の養女を迎えた母親だ。ルーツをさがす心の旅に一番必要なのは養親が伝える真実だと作者は言う。家族になったときの様子をビデオや本に細かく記録するなど、娘たちに真実をありのまま伝える努力をしている。しかし、時には目をそむけたくなるような真実もあるだろう。それでも、娘たちと一緒に真実に向き合い、生みの母親もふくめ自分のもとへ来る前の娘たちの人生を丸ごと受け入れている作者の懐の深さに、「愛する」ということについて、もう一度考えてみたくなった。

(鈴木明美)

 

【文】ジーン・マクラウド(Jean MacLeod)

 米国の養子縁組関係の雑誌でフリーのライターとして活躍するほか、養親のためのワークショップを共同で立ち上げ、養子を迎える家庭のための講習にたずさわっている。3人の娘のうち、1人は実子で、2人は中国から迎えた養女。

【絵】チン・スー(Qin Su)

 1950年、中国吉林省遼源市出身。油絵で美術学士を取得。師範大学で美術を教えていたことがある。肖像画家としても海外の美術商から高い評価を得ている。

 

《参考》

◆養子関連の絵本出版を手がける EMK Press のサイト
http://www.emkpress.com/index.html

 

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注目の本(未訳読み物)

―― 絆深き日系人姉妹の愛と悲しみと夢 ――

『きらきら』(仮題) シンシア・カドハタ作
"Kira-Kira" by Cynthia Kadohata
Anthenum/Simon & Schuster 2004, ISBN 0689856393
244pp.

 ケイティーが初めて口にしたのは、「きらきら」という日本の言葉だった。大好きな姉、リンが教えてくれたのだ。大きくなっても、空、海、目、そして子犬、子猫、蝶、色のついたティッシュまで、美しいものはみな「きらきら」だと喜んだ。変な日本語だと笑う母、そして父も、米国で生まれ日本で教育を受けた日系2世だ。

 1950年代、両親はアイオワ州で東洋系食材店を営んだが、東洋人が少ないため商売は続かなかった。そこで父は、日系人がほとんどだった、ひよこの雌雄鑑別の職を、母は鶏肉加工工場の職を得て、5歳のケイティーと9歳のリンを連れ、人種差別の激しい南部のジョージア州に移る。町に31人だけの日系人たちは助け合って暮らしていたが、労働環境は劣悪で、母はトイレに行く時間もなく、おむつをあてて働いた。なんとか家を購入しようと両親が寝る時間を惜しんで働く中、ケイティーを見守り、愛してくれたのはリンだった。姉の教えることはそのままケイティーの世界になった。やがて、思春期を迎えたリンは同世代との交際を始め、ケイティーは、姉との間に生じた距離に戸惑う。そんな時、リンが病に倒れ、日に日にやつれていった。両親は、リンが心安らぐよう家を買うが、ローンと医療費のためますます仕事に追われ、疲れ果てていく。愛情ゆえに壊れそうになる家族だが、みな悲しいほど懸命に生きていた。耐えることで差別と貧しさの中を生き抜いてきた一家がやがて選んだことは……。

 辛く悲しいことが続く中、家族の愛、特に姉妹の愛がきらめいている。ケイティーの内面がみごとに描かれ、幼い頃ジョージア州に住んだ作者自身の回想かと思えてしまうほどだ。実際作者は、自分の過去と作品の登場人物の経験の区別がつかなくなることもあるという。ケイティーの目に映る当時の生活には、人種差別、過酷な労働状況、組合化への圧力など多くの社会問題が影を落としている。読者は、姉妹と家族の話に引き込まれながら、米国経済の底辺がかつて抱えていた問題を知ることとなる。

 逃れられない運命もあるけれど、世界が「きらきら」輝いていることに気づくと、人は夢と希望をもって生きる強さを得る。そんなリンの人生の見方がケイティーに伝わっていく。そして、作者の人生への願いが感じられる。

(リー玲子)

 

【作】Cynthia Kadohata(シンシア・カドハタ)

 1956年シカゴ生まれ。幼少時、父親の職のためジョージア州他を転々とした。南カリフォルニア大学卒。雑誌投稿を続け、ニューヨーカー誌で作家デビュー。ニューヨーク・タイムズが1989年最も注目すべき作品の1つに選んだ "The Floating World"(『七つの月』/荒このみ訳/講談社)で、新世代の日系作家と評された。当書が初の児童向け作品。ロサンゼルス在住。

 

《参考》

◆シンシア・カドハタの公式サイト
http://www.kira-kira.us


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●Chicoco の親ばか絵本日誌●
第27回「想像の世界はよいところ?」 よしいちよこ

 しゅんは残念ながらあまり食べません。とくに苦手なものは時間がかかります。ところが、ある日の夕食で、めずらしくいっしょけんめい食べたので、わたしは「おかあさんが作ったごはんをいっぱい食べて、うれしいよ。涙がでちゃう」と泣きまねをしました。すると、しゅんは「わー、おかあさんの涙で部屋が池になっちゃったよ。ちゃぽんちゃぽん。つりをしよう」と釣りごっこをはじめました。「ひいてるよ。えいっ。あー、にげられた」「また魚がきた。えいっ。あー、長ぐつだった」など、釣りは続きます。それから数日は、釣りをしたいために、晩ごはんをがんばって食べました(毎日泣きまねをしなくてはいけなくてたいへんでした)。しゅんは実際には釣りをしたことがありませんが、お話のなかではなじみがあります。『かしこいちいさなさかな』(バーナディン・クック文/クロケット・ジョンソン絵/こかぜさち訳/福音館書店)は、一度も魚をつりあげたことがない釣り好きの男の子と魚たちのかけ
ひきを描いた絵本です。とてもとても大きな魚、とても大きな魚、大きな魚、小さな小さな魚が、順にやってきて、えさのミミズを見て去っていき、また順にもどってきます。ページをめくるたびに、魚1匹1匹の緊迫感と、じっとつりざおをにぎって待っている男の子のどきどきに、しゅんは顔を輝かせました。「ぐねっ、ぐねっ」「ぐるっ、ぐるっ」など、楽しい魚の音を釣りごっこに使うようにもなりました。

 しゅんは口を開けば、ジャングルや恐竜や魔法、さらにはウルトラマンやポケモンがどうしたこうしたと、想像の世界の話ばかりしています。そんなしゅんにぴったりだと思い、『ザスーラ』(クリス・バン・オールスバーグ作/かねはらみずひと訳/ほるぷ出版)を読みました。けんかばかりしている兄弟がふたりで留守番中、公園で箱を見つけて持ち帰ります。箱にはゲーム盤がはいっていました。コマを置いてサイコロをふり、ゲームをはじめると、ゲームのなかのできごとが実際におこってしまいます。流星群が屋根をつきやぶったり、無重力になっておにいちゃんが天井にはりついたり……。しゅんは最初はおもしろがっていましたが、ゲームが進み、絵本のふたりに危機がせまると、「ひっ」と体を震わせ、こわくなってきたようです。寝る前に読んでいたので「夢に出てくるじゃないか! おかあさんのせいだ!」と半泣きで怒りました。ところが翌日遊びにきた友だちに、しゅんはわざわざこの絵本を見せ、ページをめくりながら筋を説明し、「な、こわいやろ。落ちてるゲームはひろったらあかんで」といいました。そして友だちとふたりで真剣な表情でうなずきあっていました。こわい本は「きらい」といいながらも、どこかひかれるものなのかもしれません。

 

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●編集後記●

「カーネギー賞/ケイト・グリーナウェイ賞読もう会」を開催中です(詳細は情報編をご覧ください)。私が気に入った作品はカーネギー賞のショートリストには残らず。でも、両賞の行方は気になります。発表まであと2か月弱。 (あ)


発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: なかつかさひでこ(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人: 赤塚きょう子(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
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