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月刊児童文学翻訳

─2007年2月号(No. 87)─

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版+書店街>
http://www.yamaneko.org/
編集部:mgzn@yamaneko.org
2007年2月15日発行 配信数 2410

もくじ

 ◎特別企画:「世界の児童文学賞」番外編 ルドルフ・コイヴ賞(フィンランド)
 ◎注目の本(邦訳読み物):『羽根の鎖』 ハンネレ・フオヴィ作/末延弘子訳
 ◎注目の本(邦訳読み物):『お手紙レッスン』 D・J・ルーカス
              (AKA サリー・グリンドリー)作/トニー・ロス絵/千葉茂樹訳
 ◎注目の本(未訳絵本):"Flotsam" デイヴィッド・ウィーズナー作
 ◎注目の本(未訳読み物):"American Born Chinese" ジーン・ルエン・ヤング作
 ◎賞速報
 ◎イベント速報
 ◎やまねこカフェ:海外レポート 第5回スイス(チューリヒ州)
 ◎読者の広場:海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!

●このページでは、書店名をクリックすると、各オンライン書店で詳しい情報を見たり、本を購入したりできます。

 

●特別企画● 「世界の児童文学賞」番外編
ルドルフ・コイヴ賞(フィンランド)

〜フィンランドの国民的イラストレーターの名を冠した、挿絵の賞〜
 

■概要
名称:ルドルフ・コイヴ賞(Rudolf Koivu -palkinto)
対象:過去2年間に出版された児童書(ヤングアダルト含む)の挿絵。受賞者はフィンランド国籍を有する者に限られる。
創設:1949年
主催:フィンランドグラフィックデザイナー協会 Grafia(Grafia ry)
発表:隔年1月〜2月(2007年は2月1日)
関連ウェブサイト:https://www.grafia.fi/

 本賞は、画家ルドルフ・コイヴ(1890〜1946)(※)の業績を称えて、コイヴの没後間もない1949年に創設された。授賞の目的は、児童書の挿絵の地位と水準を向上させることである。
 対象となるのは、過去2年間に発表された児童書の挿絵で、挿絵の技法や作品の形式は不問。電子的な形式のマルチメディア作品も対象となる。応募の方法は、作品を指定の期間内に主催団体であるフィンランドグラフィックデザイナー協会へ送付するという形式をとっている。2007年の応募総数は91点であった。

 審査は、同協会がその都度選出する5名の審査員が行う。審査員の職業はグラフィックデザイナー、画家、作家、幼稚園教諭などである。また2005年より、全応募作を対象に子ども審査員団が選ぶ優秀作品が、併せて発表されるようになった。

 主催は、賞の創設時から1983年まではルドルフ・コイヴ基金であったが、その後、フィンランドグラフィックデザイナー協会とフィンランド児童文学作家協会の共催、フィンランド図書財団の主催を経て、現行の形式になったのは1997年からである。1985年まではほぼ毎年、それ以降は隔年に発表されている。

(※)ルドルフ・コイヴは、フィンランドを代表する挿絵画家の一人。ヘルシンキの美術学校(現在のフィンランド国立美術アカデミー)で絵画を学んだ後、1910年代から晩年まで、子ども向けの出版物に数多くの挿絵を描いた。コイヴが挿絵を担当したものとして特によく知られているのは、フィンランドの童話の父と称されるトペリウスの作品、グリムやアンデルセンの童話、クリスマスに発行される子どもの雑誌、学校教材などである。コイヴの作品は現在も根強い人気があり、クリスマスカードやカレンダーに使われたり、コイヴの挿絵による児童書が新たに編まれたりしている。


◆2007年の受賞者(2007年2月1日発表)

●受賞者 Camilla Pentti
●受賞作 "Lehma jonka kyljessa oli luukku"(Tomi Kontio 文)
        (Lehma と kyljessa の a にウムラウト)

 受賞作は、独特のしゃべりかたをする双子の姉妹が主人公の、言葉遊びを多用した絵本。家出をした姉妹が、わき腹に窓のある不思議な牛に出合い、窓から牛のおなかの中に入れてもらうと、そこには想像もつかない世界が広がっている、というストーリーである。Camilla Pentti の挿絵は、たっぷりと重量感のある色づかいと構成のおもしろさ、文との緊密な一体感が評価された。
 Camilla Pentti は1979年生まれで、ヘルシンキ芸術デザイン大学修士課程に在籍中。受賞作の装丁も手がけている。児童書の挿絵は本書が初めてである。

 なお子ども審査員団が優秀作品として選んだのは、Christel Ronns(o にウムラウト)の挿絵による読み物 "Kaveria ei jateta, pikku nalle"(jateta の a すべてにウムラウト)(Tuula Kallioniemi 作)であった。本書は、人間の男の子と、彼の友だちであるおもちゃのクマたちを主人公としたシリーズの2作目。

◇過去の主な受賞者

○Mauri Kunnas(マウリ・クンナス)
 2003年に "Seitseman koiraveljesta"(Seitseman の a と、koiraveljesta の最後の a にウムラウト)で受賞。19世紀の文豪アレクシス・キヴィの長編小説を、犬のキャラクターによって絵本にしたユーモラスな作品である。邦訳には『サンタクロースと小人たち』(稲垣美晴訳/偕成社)などがある。

○Julia Vuori(ユリア・ヴォリ)
 1999年に子ども向けの現代美術解説書 "Nykytaide suurin piirtein"(Marjatta Levanto 文)で受賞。邦訳に『ぶた』『ぶた ふたたび』(いずれも、森下圭子訳/文溪堂)などがある。

○Kristiina Louhi(クリスティーナ・ロウヒ)
 1989年に "Mina olen pikkupanda"(Mina の a にウムラウト)(邦訳『ぼくはちびパンダ』ハンヌ・マケラ作/坂井玲子訳/徳間書店)および "Taivaanpojan verkko"(Hannele Huovi 文)の2作で受賞。邦訳にはほかに、『うちのあかちゃん トンパちゃん』(坂井玲子訳/徳間書店)などがある。"Taivaanpojan verkko" と同じ作者の『羽根の鎖』(ハンネレ・フオヴィ作/末延弘子訳/小峰書店)の装画も手がけている。

(古市真由美)


【参考】(▼は、基本的にフィンランド語・一部英語表記あり)
▼フィンランド児童文学研究所(Suomen Nuorisokirjallisuuden Instituutti)による過去の受賞作リスト
http://www.tampere.fi/kirjasto/sni/snpalk6.htm

▼フィンランド児童文学作家協会(Suomen Nuorisokirjailijat ry)公式ウェブサイト
http://www.nuorisokirjailijat.fi/

▼フィンランド書籍出版協会(Suomen Kustannusyhdistys ry)公式ウェブサイト
(フィンランド図書財団 Suomen Kirjasaatio と共同。saatio の a すべてと o にウムラウトがつく)
http://www.skyry.net/

▼ルドルフ・コイヴによるクリスマスにちなんだ作品が見られるページ
http://virtual.finland.fi/scripts/rudolf.asp

▼Camilla Pentti 公式ウェブサイト
http://www.camillapentti.com/

▼Mauri Kunnas 公式ウェブサイト
http://www.maurikunnas.net/

▼Kristiina Louhi 公式ウェブサイト
http://www.kristiinalouhi.net/

▽マウリ・クンナス邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/k/mkunna_j.htm

▽ユリア・ヴォリ邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/v/jvuori_j.htm


 

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●注目の本(邦訳読み物)●

―― 生まれてきたものは、人生のために闘うべきよ ――

『羽根の鎖』
ハンネレ・フオヴィ作/末延弘子訳

小峰書店 定価1,680円(税込) 2006.09 278ページ ISBN 978-4338144179
"Hoyhenketju" by Hannele Huovi
Tammi Publishers, 2002

 物語はエレイサが語る「E」と、道化である仮面少女の語る「K」の章から構成されている。エレイサは鳥を愛する少女だ。鳥を引き寄せる力を持ち、鳥の国にいつも遊びに来ている。一方の仮面少女は鳥の国にのがれてきた。影が人から離れ、どこかから力を得て軍隊として動き出したため、少女は仮面で身を守りこの国へ逃げてきたのだ。自らを仮面少女と名乗り「道化」を仕事としている。「道化」とは王族の所業を皮肉り、暗部を照らしてみせる者として悲喜劇で活躍するが、この物語でも彼女によって話は側面からも語られ、次第に物事の核心が明らかにされていく。いつの時代ともいえない不思議な雰囲気を醸し出している登場人物だ。彼女の話す人間の世界は、不穏な空気に満ちていて、エレイサが好きな鳥だけにかかわっているのと好対照だ。
 ある日、エレイサは空を飛ぶタカの美しさに心を奪われ、気がつくと思わずその足をつかんでいた。タカは驚いて彼女の両目を傷つけた。視力を失ったエレイサは鳥の国に閉じ込められ、裁判を受けることになる。タカは守護神の息子であった。タカのあまりに軽率な行動と、エレイサの好奇心による唐突な行動の両方が裁かれ、フクロウの裁判官は、強靭な魔法で編まれた「羽根の鎖」で2人をつなぐ刑を言い渡した。2人は魔法を解く鍵を探して旅にでる。横柄で傲慢なタカと、盲目で頼り無げなエレイサ。事のてん末を見ていた仮面少女はエレイサを放っておけずに同行する。
 森は美しいだけでなく、タカのつく嘘で地震が起きたりもする。主人公たちは賢者であるはずの魔女を探し、うろつく影にだまされながら冒険を続ける。旅はお互いを知り、自分を知る道のりでもあった。途中、ワタリガラスのフキが絶妙のタイミングで現れ、ウイットに富んだアドバイスをしていく。それは過酷な旅の句読点となり、読者は明るいユーモアにほっとする。しかし彼とて答えをそのまま教えたりはしないのだ。一行は、過去を思い出し、今の自分を見つめ、苦心しながら明日への手がかりをつかんでいく。
「人はじぶんを見失わなければ、他人を思いやることができるね」仮面少女の母が残した言葉は、どんなに大変でも自分を知ることの大切さを教えてくれる。

(尾被ほっぽ)


【作】ハンネレ・フオヴィ(Hannele Huovi)

1949年フィンランドのコトカ生まれ。1973年ヘルシンキ大学を卒業した。ラジオ、テレビ番組用のドラマや、児童書だけでなく大人向きの物語、絵本、詩など著書は多数あり、フィンランドを代表する児童文学作家である。本書は児童文学分野に長期にわたって貢献した作家に贈られるトペリウス賞を受賞している。邦訳作品は本書のみ。フィンランド在住。

【訳】末延弘子(すえのぶ ひろこ)

北九州生まれ。東海大学北欧文学科を卒業後、タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。主な訳書に『ようこそ! ムーミン谷へ ムーミン谷博物館コレクション』(ミルヤ・キヴィ文/トーベ・ヤンソン絵)『トルスティは名探偵』(シニッカ・ノポラ&ティーナ・ノポラ作/いずれも講談社)、『木々は八月に何をするのか』(レーナ・クルーン作/新評論)などがある。横浜市在住。

【参考】
▼ハンネレ・フオヴィ公式ウェブサイト(フィンランド語・英語)
http://www.sci.fi/~hhuovi/

▼末延夫妻による「フィンランド文学情報サイト」
http://kirjojenpuutarha.pupu.jp/

【特殊文字】 「Hoyhenketju」:「o」の上にウムラウト(¨)がつく

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●注目の本(邦訳読み物)●

―― それは、ファンレターからはじまった! ――

『お手紙レッスン』
D・J・ルーカス(AKA サリー・グリンドリー)作/トニー・ロス絵/千葉茂樹訳

あすなろ書房 定価1,365円(税込) 2006.11 143ページ ISBN 978-4751519042
"Dear Max" by Sally Grindley, illustrations by Tony Ross
Orchard Books, 2004

 きっかけは、9歳の少年が書いた1通の手紙だった。小柄で病気がちなマックスは、文章を書くのが大好きで、『でっかいいじめっ子なんかこわくない』という本を読み、そのおもしろさに思わずファンレターを送った。本を書いたD・Jは、子どもの本を35冊も出す人気作家だ。いつもならお礼を1度書くだけだが、なぜかマックスのことは特別に感じた。ファンレターの返事に返事がやってきて、また返事を送る。手紙のやりとりを重ねた2人は、いつしかお互いの手紙を楽しみにするようになっていた。
 想像力豊かなマックスは、「ぼくもお話を書いてみたい」と、物語をつくる。時折いじめっ子や病気のことなど、日々の愚痴をこぼしたり、行き過ぎたストーリーを語ったりする少年に、作家はお話作りのコツを教え、いさめ、また励ましてやる。ただし、これらのやりとりは、からりと明るく楽しいものだ。助言はあくまでも客観的で、自分で自分を伸ばせるようにとさりげない。その一方で、締め切りを前に行き詰まっていたD・Jも、少年の発想に刺激を受け、すばらしいアイデアを生みだしていく。年齢も住む場所も離れ、顔をあわせたこともない2人が、次第にお互いを知り、必要としていくさまは、何だかほほえましい。マックスの物語が完成に近づくにつれ、少年自らも成長していく姿に、ほっとするような、あたたかい気持ちになった。マックスと作家の手紙のやりとりだけで構成されるこの作品は、2人の友情物語なのだ。
 丁寧に描かれた心の交流はもちろんのこと、「いたずら魔女のノシーとマーム」シリーズなどでおなじみのトニー・ロスによる、ふんだんにちりばめられた挿絵も魅力のひとつだ。中でも、マックスが毎回手紙に添える絵は、ユーモアたっぷりに彼の気持ちを語る。いたずら書きのような絵に、ついついほおがゆるんでしまう。
 人には支えが必要だ。それは親か年の近い友人であることが多いだろう。でも、そのどちらでもない大人のD・Jから、たくさんのヒントや希望をもらえたマックスは、とてもラッキーだ。ふと思い返せば、私にも手紙やメッセージをくれた子どもたちがいた。かつて彼らに送った言葉や手紙への返事に、思いを馳せる。あの中にも、マックスはいたのだろうか。

(美馬しょうこ)


【作】D・J・ルーカス(D. J. Lucas)

またの名はサリー・グリンドリー(Sally Grindley)。英国、ケント州生まれ。子どもの本のブッククラブに勤める傍ら、作品を書き始め、現在は作家業に専念している。"Spilled Water" でネスレ子どもの本賞を受賞。邦訳作品は、『ずっとなかよし』『やっとあえたね』(いずれも、ペニー・ダン絵/やまもとけいこ訳/文溪堂)など多数。本シリーズは英国では、すでに3巻目が刊行されている。

【絵】トニー・ロス(Tony Ross)

英国、ロンドン生まれ。アートディレクター、美術学校講師を経て、絵本作家・挿絵画家となる。絵本に『シイイイッ!』(ジーン・ウィリス文/いけひろあき訳/評論社)、『びっくりめちゃくちゃビッグなんてこわくない』(金原瑞人訳/小峰書店)、挿絵に「いたずら魔女のノシーとマーム」シリーズ(ケイト・ソーンダズ作/相良倫子・陶浪亜希共訳/小峰書店)など。

【訳】千葉茂樹(ちば しげき)

北海道生まれ。国際基督教大を卒業し、児童書編集者を経て、英米作品の翻訳家となる。訳書に『秘密の道をぬけて』(ロニー・ショッター作/あすなろ書房)、「ちびうさ」シリーズ(ハリー・ホース作/光村教育図書)、『フラッシュ』(カール・ハイアセン作/理論社)、『アンジェロ』(デビッド・マコーレイ作/ほるぷ出版)など多数。

【参考】
▼サリー・グリンドリー公式ウェブサイト
http://www.sallygrindley.co.uk/index.htm

▼トニー・ロス紹介ページ(The Magic Pencil 内)
http://magicpencil.britishcouncil.org/artists/ross/

▼トニー・ロス紹介ページ(Harper Collins Children's Books 内)
http://www.harpercollinschildrensbooks.co.uk/authors/default.aspx?id=4994

▽千葉茂樹インタビュー(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/schiba.htm

▽千葉茂樹レビュー集(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/dokusho/shohyo/chiba/index.htm

▽千葉茂樹訳書リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/schiba.htm
 

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●注目の本(未訳絵本)●

―― 摩訶不思議な海の世界へようこそ ――

はまべにながれてきたものは……』(仮題)
 デイヴィッド・ウィーズナー作
"Flotsam" by David Wiesner
Clarion Books, 2006 ISBN 978-0618194575
40pp.

2006年コールデコット賞受賞作品

 ウィーズナー3度目のコールデコット賞受賞作は、海が舞台の文字なし絵本である。奇想天外なウィーズナーの世界は、本作でも健在だ。まずは鮮やかな赤い表紙をじっくり見てみよう。中央にレンズのような丸い大きな魚の目がある。その中には小さな魚たちと水中カメラ。このカメラが、不思議な世界を見せてくれる。
 少年が浜辺で遊んでいると、そこに大波が押し寄せて、水中カメラが打ち上げられた。中にフィルムが入ったままであることに気づいた少年は、大急ぎで近くのカメラ屋さんへ走る。現像された写真に、少年の目は釘付けになった。そこには驚くべき光景の数々が写っていたのだ。機械じかけの魚。海底のソファーでくつろぐタコたち。巻貝でできた小都市を背負った海ガメ。海底を観光中らしき宇宙人の写真まで! アジアの少女が写っている一枚もあったが、その写真をよくよく見てみると……。
 海には不思議なロマンがある。海底には一体何があるのだろう? はるか彼方にはどんな世界が広がっているのだろう? この絵本はそんな疑問に、すてきな答えを用意してくれている。海は世界中のあらゆる場所につながっているだけではない。どうやら遠い過去から未来にまでつながっているらしいのだ。幻想的で不思議な世界を描きながら、どこかリアリティを感じさせるウィーズナーの絵には、想像力をかきたてられる。そして細部まで描きこまれた絵に見とれていると、ふとユーモラスな箇所を発見して楽しくなってくる。
 カバーの折り返し部分には、海辺でにっこり笑う5歳当時のウィーズナーの写真がある。そのころのウィーズナーのように浜辺で遊ぶのが大好きな子どもたちも、海に心ひかれる大人たちも、この絵本を読めばますます海が好きになるだろう。原題 "Flotsam" は漂流物という意味である。いつか自分も、この水中カメラのような不思議な漂流物を発見することができるかもしれない。そんな気持ちにさせてくれる本である。

(佐藤淑子)


 

【作】David Wiesner(デイヴィッド・ウィーズナー)

1956年米国ニュージャージー州に生まれる。Rhode Island School of Design でイラストレーションを学び、数々の絵本を手がける。1992年に "Tuesday"(『かようびのよる』当麻ゆか訳/徳間書店)で、2002年には "The Three Pigs"(『3びきのぶたたち』江國香織訳/BL出版)でコールデコット賞を受賞。コールデコット賞オナー(次点)にも2度選ばれている実力派である。

【参考】
▼デイヴィッド・ウィーズナー公式ウェブサイト
http://www.houghtonmifflinbooks.com/authors/wiesner/home.html

▽デイヴィッド・ウィーズナー作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/w/dwiesner.htm
 

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●注目の本(未訳読み物)●

―― グラフィック・ノベルで異文化と出合う ――

『アメリカン ボーン チャイニーズ』(仮題)
 ジーン・ルエン・ヤング作
"American Born Chinese"
text and illustrations by Gene Luen Yang, coloring by Lark Pien
First Second, 2006 ISBN 978-1596431522
233pp.

★2007年プリンツ賞受賞作品
★2006年全米図書賞児童書部門最終候補作

 グラフィック・ノベルは、字面どおり絵で小説を描いたもので、コミックとは別カテゴリに分類されることが多い。ヒーロー漫画と異なり、内面を掘り下げたものなど小説が題材とするものを絵で表現する。本作は、プリンツ賞初のグラフィック・ノベル作品だ。
 物語は3人を軸にオムニバス形式にすすんでいく。ひとりは、中国のヒーロー物語である西遊記の主人公、孫悟空。ふたりめは、サンフランシスコのチャイナタウンから、中国系アメリカ人がほとんどいない場所に引っ越した少年、ジン。もうひとりは、中国人をこっけいにデフォルメしたような人物、チー・キン。
 孫悟空は猿の王様ゆえに誰からも敬われると信じていた。それなのに、人間社会で、猿だからとむげにされ、人間のマネをして靴をはきはじめる。ジンは、マイノリティゆえに、転入先のクラスでは先入観たっぷりの質問をあびせられ、自分が中国系アメリカ人であることに直面する。チー・キンは極端におもしろおかしい態度で、アメリカ人を笑い飛ばす。
 孫悟空は靴をはいて人間になりたかったのか。中国生まれの両親をもち、アメリカで育ったジンは、どちらの文化が自分のものだと思ったのか。彼らの物語は、アイデンティティを模索するという普遍的なものへとつながっていく。
「大きくなったらなにになりたい?」とは、大人がよく子どもにする質問。ジンも聞かれた。その答えを読みながら、私はどうだったろうと、自分にひきつけて読んでいた。なりたいものは、自分を知ることにつながる。私は誰?といま一度問いかけた。
 オールカラーの絵は、すっきりした輪郭をもち、人物の表情もくみとりやすい。ちなみに絵の色つけは著者本人ではなく、ラーク・ピエンが担当した。
 アメリカン・コミックに傾倒した著者がヒーローもののストーリーに退屈してしまった学生時代、影響を受けたのは手塚治虫だ。こんな表現もあるのだと、夢中になり、あらためて絵を描きはじめたという。話のとっつきやすさは、漫画とグラフィック・ノベルに共通する魅力のひとつ。ぜひ読んでほしい。

(林さかな)


 

【作】Gene Luen Yang(ジーン・ルエン・ヤング)

1973年生まれ。小学5年の時からコミックに夢中になり、それ以来、絵を描き続けている。アメリカン・コミック以外の表現を求めた時に、手塚治虫、アート・スピーゲルマンらに影響を受ける。現在は、高校でコンピュータサイエンスを教えている。3歳の息子と共に絵を描く日々を楽しみながら、子どもが寝てから、グラフィック・ノベルを創作しているという。

【参考】
▼Gene Luen Yang 公式ウェブサイト
http://www.humblecomics.com/index.htm

▼Gene Luen Yang のページ(First Second Books 内)
http://www.firstsecondbooks.com/geneYang.html

▼プリンツ賞公式ウェブサイト
http://www.ala.org/yalsa/printz/

▼Lark Pien 公式ウェブサイト
http://www.larkpien.com/

▽マイケル・L・プリンツ賞受賞作リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/printz/index.htm

▽全米図書賞児童書部門受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/nba/nba00.htm#nba2006
 

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●賞速報●

★2007年ニュージーランド・ポスト児童書及びヤングアダルト(YA)小説賞候補作発表
                                  (受賞作の発表は5月17日)
★2007年ローラ・インガルス・ワイルダー賞発表

海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」をご覧ください。

 

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●イベント速報●

★展示会情報

目黒区美術館「チェコ絵本とアニメーションの世界」
伊丹市立美術館「元永定正+中辻悦子 絵本原画展」など
 

★セミナー・講演会情報

大阪国際児童文学館「台湾と日本の絵本」など
 
 
 詳細やその他の展示会・セミナー・講演会情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、空席状況については各自ご確認願います。

(井原美穂/笹山裕子)



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●やまねこカフェ 海外レポート●第5回スイス(チューリヒ州)

〜メルヘンが育てる国語の力〜

 メルヘンに親しみながら国語の力を伸ばそう――。スイスの中学生が、「言葉と魔法」をテーマに、国語(ドイツ語)の授業でメルヘンに取り組んだ。メルヘンは、民衆の間から生まれ、語られてきた口承文芸である。中でも、19世紀のドイツでグリム兄弟が収集し伝えたメルヘンは、人々の身近にあって、愛されてきた。
 グリム童話を取り入れた授業を実践したのは、チューリヒ州郊外にある村、ネニコンの公立中学校。同校では、1年Aクラスの生徒を対象に、国語の授業枠を一部利用して、10月中旬から冬休み前までの約8週間にわたり、このプログラムに取り組んだ。

 スイスでは、言語や地域文化に応じて教育方針が立てられ、カントンと呼ばれる州ごとに教育システムが異なる。チューリヒ(州)の場合、公用語はドイツ語で、小学校6年、中学校3年が義務教育。小学校卒業後は、ギムナジウム(大学進学向けの中高一貫校)か中学校に進学する。公立中学校では、学力別に上位からABCのクラスに編成され、Aの場合、修了後はギムナジウムに進学するか、職業教育を受けるかなどの選択肢がある。

 授業の初日。先生による朗読『三まいの羽』を皮切りに、ワークショップが始まった。まずは2人組になり、ワークシートに取り掛かる。グリム童話の中から話を選び、「出だしの文章」「登場人物」「詩や呪文の言葉」「話の展開」「最後の文章」など10問中5つを選んで、それぞれを説明する作業だ。生徒たちは、各自家から持ち寄ったグリム童話集を参考にしながら、互いの意見を出し合い、協力し合いながら進める。グループによってどの問題を選択するかは違ってくるが、自分たちが選んだものを全員で共有することで、理解は格段に深まる。
 この作業を通して、メルヘンの共通項が見えてきた。その結果、生徒たちは「使われる数字は通常3、7、12」「詩や魔法の呪文が出てくる」「架空の人や物で構成されている。時も所も不明」「ハッピーエンドである」「話の最後では、善人は救われ、悪人は罰せられる」というメルヘンの条件を、進行役の先生と一緒にまとめあげた。
 次の課題は、『いばら姫』『ヘンゼルとグレーテル』『ホレおばさん』『シンデレラ』『おおかみと七ひきの子やぎ』の中から1つ選び、「若者言葉」「法律家言葉」「数学者言葉」「現代バージョン」「コマーシャルバージョン」「未来バージョン」のどれかに言葉や文章を書き換える作業だ。これも2人組になってのチームワーク。若者言葉では、流行語やせりふをふんだんに使い、現代バージョンでは、現在の小道具を選んで現在形の動詞を用い、未来バージョンでは、SFのようになる。
 弁護士言葉というのは、専門用語が多く難解だが、ある男子生徒のグループは、条文の箇条書き形式を使い、辞書とにらめっこしながら言葉と格闘した。一方、数学者言葉では、「除する」(dividieren)「部分集合」(Teilmenge)などの用語を使って、人物の動きや話の展開を表現した。またある女子生徒は、宣伝のキャッチコピーを効果的に使い、コマーシャルバージョンを完成したが、これは全員に大受けだった。
 このユニークな試みは、「楽しんで力をつけよう」という先生の狙いがある。パロディ化という言葉遊びの中で、多様な文体の特徴を理解し、表現力の違いを知る。文章の置き換えで、話の内容や登場人物の心情に変化があることに気づく。何よりも、文体の練習になり、表現力を豊かにするのである。
 先生からのコメントや文法チェックのあとは、コンピューターで文書化する作業が待っている。そこに写真やイラストなどの画像を取り込み、レイアウトを考える。放課後は自宅での作業となり、子どもたちは、ファイルを一時保存した USB メモリを持ち帰る。週末をはさんで互いの家を行き来して作業を進める様子は、苦心しながらも楽しそうだった。
 そしてアドベントを迎えた12月。まだ薄暗い早朝、生徒たちは、1本ずつ持ち寄ったろうそくを教室の机の上に置き、火をともした。その明かりの下で、今度は自分たちが、メルヘンの条件を満たすことを前提に、お話を創作するのである。ろうそくの炎が揺らめく中、生徒たちは空想の世界に没頭する。そして後日、1人ずつ、自作のメルヘンをクラスで披露した。
 先生は「生徒は、幼かったころ、メルヘンを親から読み聞かせてもらった経験があります。自分で読むというより、読んでもらうのがほとんどでしょう」「以前は学校で、メルヘンをよく取り上げ暗唱したりしましたが、ここ30年の間、それが少なくなっていました。でもカリキュラムに取り入れることが、最近また増えてきました」と語る。数十年の間に、子どもを取り巻く環境は激変した。情報の多様化、ビジュアル化されたメディアの出現によって、読書環境も変化したが、感受性を養うメルヘンがまた見直されてきた。生徒たちの反応は、「文法や正書法の授業より楽しい」「他人の創作メルヘンを聞くのはおもしろい」と好評だ。子どもたちは、メルヘンに幼いころの楽しい思い出や出会いの経験を重ね、反すうする。メルヘンが子どもの「聞く・読む・書く・話す」能力をはぐくむ。生徒の関心を引きつけ、意欲を持たせるこの試みは、創造力を伸ばし、今後の学習や読書への動機付けにつながるだろう。

(大隈容子)



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●編集後記●

先日の号外でお知らせした賞の受賞作を2点掲載いたしました。また、今回の編集を通して、ヨーロッパの文化をより身近に感じることができました(よ)

発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: 美馬しょうこ(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人:横山和江/大原慈省(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画: 井原美穂 大隈容子 尾被ほっぽ かまだゆうこ 笹山裕子 佐藤淑子
早川有加 冬木恵子 古市真由美 美馬しょうこ 村上利佳 林さかな
協 力: 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
Chicoco ながさわくにお
html版担当 ワラビ

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