メニューメールマガジン月刊児童文学翻訳増刊号

月刊児童文学翻訳 増刊号 No.9

             絵本 "Are You an Echo?"
          〜金子みすゞを英語圏の子どもたちへ〜

                             2017年2月28日発行

 国を越えて手渡された詩集が生んだひとつの想い。それは距離をものともせず、言 葉や文化の違いを乗り越え、時間さえも飛び越えて、詩人が生きた時代を写し取った かのような1冊の絵本をこの世に送り出しました。タイトルは "Are You an Echo?"。 詩人の名は、金子みすゞです。  この増刊号では、絵本 "Are You an Echo?" のレビューに加え、京都で開催された 出版記念トークイベントのレポート、そして、それに先立って当クラブが行ったイン タビューの模様をお届けいたします。
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●もくじ●

未訳絵本レビュー:"Are You an Echo?: The Lost Poetry of Misuzu Kaneko"   デーヴィッド・ジェイコブソン文/サリー・イトウ、坪井美智子訳/羽尻利門絵 ◎レポート:絵本『ARE YOU AN ECHO?』出版記念 トークイベントツアー2017                    デーヴィッド・ジェイコブソン×矢崎節夫 ◎インタビュー:"Are You an Echo?" の作者・訳者・画家を迎えて ◎ミニ・インタビュー:すべての始まり
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●未訳絵本レビュー●万物を思いやる心を伝える、国境を越えた本作り

"Are You an Echo?: The Lost Poetry of Misuzu Kaneko" 『こだまでしょうか? 失われた金子みすゞの詩』(仮題) narrative by David Jacobson translations by Sally Ito & Michiko Tsuboi illustrations by Toshikado Hajiri (デーヴィッド・ジェイコブソン文/サリー・イトウ、坪井美智子訳/羽尻利門絵) Chin Music Press, 2016, 64pp. ISBN 978-1634059626 (HB)  物語は、青年矢崎節夫が「大漁」という詩に驚く場面で始まる。その隣には原詩を 大切にしつつ英語の詩としても秀逸な英訳詩。そして、いわし一匹一匹の悲しみが伝 わってくる絵。英語圏の読者も、このページを開いて初めてこの詩に出会った時、青 年矢崎と同じ思いを味わうだろう。魚の気持ちがわかるなんて、この詩人はいったい 誰だ? 大漁を喜ぶ人間よりも捕らわれる魚の心に寄り添うこの詩は、今でこそ教科 書にも掲載されているが、長い間世に知られていなかった。矢崎氏は16年間調べ続け、 ついに1982年、512編の詩を発見し、やがてみすゞの人生を知ることになる。  続けて、みすゞの人生が詩を織り込んで語られる。みすゞは1903年山口県の美しい 漁港の町仙崎に生まれた。生家は書店を営む家で、読書を好み、想像力豊かに育つ。 なんだろう、なぜだろうと考えることが多い子だった。「不思議」の英訳詩と、なぜ 黒い雲から降る雨が銀に光るのかと、書店の前で幼いみすゞが雨を見つめる絵。当時 の町の様子が細かに再現され、町を行き交う人々の動きが伝わってくるこの絵は、映 画の1シーンのようで、時を越えて読者をみすゞのすぐ近くへ連れて行ってくれる。  成長したみすゞは、詩を雑誌に投稿して一躍期待の童謡詩人となった。だが、不実 な夫に病をうつされ、執筆も禁止され、離婚を決意。愛娘を夫から守ろうと母親に託 し、26歳で命を絶った。この絵本は年少の読者に対しても自死を隠さない。事実を伝 える優しい語り、闇の中で遺書を書く後姿の絵、そして死が新たなものに繋がる「繭 と墓」の英訳詩。このように静かに、悲しい決意を読者の心の奥へまっすぐ伝える絵 本は見たことがない。彼女の死後、長い年月を経て矢崎氏によって全詩が出版され、 東日本大震災直後に「こだまでしょうか」のCMで再びみすゞの心が多くの人々に届 いたところで、この絵本の前半は終わる。  後半は、「星とたんぽぽ」、「私と小鳥と鈴と」、「鯨法会」等15編の詩集で、見 開きごとに英訳詩と日本語原詩が並んでいる。比べてみると、その訳詩が原詩のもつ 印象にふさわしい英語で表現されていることがよくわかり感銘させられる。英語圏の 子どもの心に響くみごとな英訳詩だ。私はエミリー・ディキンソンの詩の絵本を、英 語母語の我が子たちといっしょに楽しんだことを思い出した。みすゞの一つ一つの詩 の世界をじっくり解釈し、その上で描いた画家の表現は、どれも見れば見るほど味わ い深い。最後の「昼と夜」の色の対比と子どもの姿は、本を閉じた後も脳裏から離れ なかった。  英語圏の読者にとっては、まったく知らなかった詩人と詩、そして馴染みのない昔 の日本。それらを、絵本としては贅沢なページ数と熟考された構成でこの本は伝える。 選び抜かれた言葉と、みすゞの優しいまなざしを感じさせる絵が、読者をみすゞの世 界へぐんぐん引き込み、万物を思いやる心に出会わせてくれる。綿密な調査にもとづ き、妥協のない検討と作業を重ねて作り上げたものゆえの力にちがいない。国を越え、 お互いの母語と文化を活かし尊重し合って最高の1冊を作り上げる。シアトルの小さ な出版社が成し遂げた、そんな本作りに夢を感じる。多様な人々が手をたずさえて次 世代に大事なものを伝えるこのような試みが、日本を含めて世界中で増えていくよう にと、今こそ強く願わずにはいられない。
【文】David Jacobson(デーヴィッド・ジェイコブソン):イェール大学で日本の政 治経済を専攻した後、旧文部省の奨学金留学生として一橋大学で学ぶ。堪能な日本語 力を駆使し、ジャーナリストとして多くのメディアで活躍。「ワシントン・ポスト」 紙、「シアトル・タイムズ」紙、NHK、CNNなどに寄稿。ドキュメンタリー番組 の翻訳へも活動の幅を広げ、2008年からはチン・ミュージック・プレスにて、 "Yokohama Yankee"、"The Sun Gods"(『日々の光』ジェイ・ルービン著/柴田元幸、 平塚隼介訳/新潮社)、"Why Ghosts Appear" などの書籍編集に携わる。米国シアト ル在住。 【訳】Sally Ito(サリー・イトウ):作家、翻訳家、詩人。ブリティッシュコロン ビア大学で文芸創作を専攻した後、旧文部省の奨学金留学生として早稲田大学で学び、 白石かずこの詩の英訳に取り組む。アルバータ大学で修士号取得。"Alert to Glory" 等詩集3冊を出版。短編集 "Floating Shore" でライターズ・ギルド・オブ・アルバ ータ・ブック賞受賞。カナダのウィニペグ在住。 【訳】坪井美智子(つぼい みちこ):同志社女子大学で英文学を専攻。同大学院で、 ジョン・ミルトンの「失楽園」の講義を受ける。カナダのアルバータ大学で1年カナ ダ文学とカナダ史を学ぶ。英語教師として長年働いている。本作の共訳者であるサリ ー・イトウは姪にあたる。滋賀県在住。 【絵】羽尻利門(はじり としかど):1980年兵庫県生まれ。幼い頃から京都で育ち、 立命館大学で国際関係を学ぶ。在学中に香港中文大学留学。貿易会社勤務の後、イラ ストレーターに転身。作品は教科書、広告、児童書などに採用され、2006年には日本 イラストレーター協会主催の第7回インターナショナル・イラストレーション・コン ペティションで優秀賞受賞。主な作品に、『坂の上の図書館』(池田ゆみる文/さ・ え・ら書房)、『走れ! みらいのエースストライカー』(吉野万理子文/講談社) などがある。日本児童出版美術家連盟会員。徳島県阿南市在住。 【参考】 ▼"Are You an Echo?: The Lost Poetry of Misuzu Kaneko" 作品公式ウェブサイト http://misuzukaneko.com/ ▼Forgotten Woman: The life of Misuzu Kaneko(Electric Literature 内) https://electricliterature.com/forgotten-woman-the-life-of-misuzu-kaneko-eff 4e6faaf25#.q7bcv4q5r ▼Sally Ito Interview: On Misuzu Kaneko Poetry Translations              (Tofugu - A Japanese Culture & Language Blog 内) https://www.tofugu.com/interviews/sally-ito ▼羽尻利門さん公式ウェブサイト http://hajiritoshikado.com/ ▼第7回インターナショナル・イラストレーション・コンペティション受賞者発表                (日本イラストレーター協会公式ウェブサイト内) http://jpn-illust.com/compe/2006/prize.html ▽羽尻利門さん作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/thajiri.htm                                (中井川玲子)
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●レポート●絵本『ARE YOU AN ECHO?』出版記念 トークイベントツアー2017
                   デーヴィッド・ジェイコブソン×矢崎節夫

 昨年9月、米国シアトルの出版社、チン・ミュージック・プレスから出版された "Are You an Echo?"。金子みすゞの詩はこれまでに11か国語に翻訳されていますが、 本作品のように、伝記と詩集を組み合わせた絵本、という形式で紹介されるのは、ま ったく初めての試みです。  "Are You an Echo?" の出版をきっかけに、金子みすゞの言葉がこれから世界へ広 がっていこうとする今、読者の知りたいことと作り手の思いを共有する場として開催 された今回のトークイベントツアーは、京都を皮切りに、旭川、東京で行われました。 その記念すべき初日、1月27日の京都会場となった龍谷大学大宮キャンパス本館は、 国の重要文化財にも指定されています。風情あふれる凜とした佇まいの学舎に、関西 在住のやまねこ翻訳クラブメンバー5名が集まりました。  今回、京都でのイベント開催の運びとなったのは、主催者である金子みすゞのファ ンクラブ「スペースみすゞコスモス」とともに名を連ねる、龍谷大学 人間・科学・ 宗教オープン・リサーチ・センターの全面協力によるものです。当センター長の鍋島 直樹教授が行った開会挨拶では、金子みすゞの遺稿童謡集『金子みすゞ全集』 (JULA出版局/1984年)を始め、みすゞ作品の出版に精力的に携わってきた登壇 者の矢崎節夫さんと、龍谷大学との間に結ばれた深い縁について、英語のスピーチも 交えて語られました。  開会挨拶のあとは、いよいよ対談の始まりです。  対談では、作者デーヴィッド・ジェイコブソンさんがみすゞの詩と出会ったきっか けから、みすゞの言葉に感銘を受けて出版企画を決意するまでが、順を追って語られ ました。約4年前に30年来の友人から金子みすゞの詩集をもらったことがすべての始 まりだったそうで、わかりやすいみすゞの言葉にぐっと心をつかまれ、言葉づかいの 美しさと奥深さに胸を打たれたといいます。温かい思いやりの気持ちが詩に溶け込ん でいるのが印象的だったこと、また、100年近くも前に、しかも自分とはまったく異 なる境遇で綴られたものであるにもかかわらず、読み手である自分の心に語りかけて くるようだった、と語るジェイコブソンさん。みすゞが描いた子どもの寂しさや恥ず かしさといった感情は世界共通のものなのに、ナンセンスなユーモアの傾向が強いア メリカの児童文学や童話にも、ジェイコブソンさんご自身が子どもの頃に親しんだ児 童文学にもないもので、心を動かされたそうです。その点に矢崎さんもうなずかれる のを見て、あらためて、みすゞの紡ぎ出した言葉が国を越え、時間を越えて、人々の 心にやさしく、まっすぐに響いたことをしみじみと実感しました。  今、"Are You an Echo?" はチン・ミュージック・プレスのなかでも最も反響があ る作品だそうです。人の心に寄り添ったみすゞの詩に共感する声が数多く寄せられて おり、ジェイコブソンさんは「素直な反応が一番ありがたい。『こだま(echo)』が ちゃんと返ってきている」と感想を述べられました。  対談も中盤にさしかかったところで、何と、会場入りしていた訳者のひとりである 坪井美智子さんと、画家の羽尻利門さんも対談に飛び入り参加! 思いがけず、作者、 訳者そして画家が揃うという、豪華かつ貴重なトークイベントになりました。  登壇者のみなさんのお話から、"Are You an Echo?" がアメリカやカナダでも大反 響を呼ぶすばらしい作品になったのは、作り手を始め、制作に関わるすべての人たち のチームワークの良さがあってこそだと感じられました。みすゞの言葉やみすゞの心 は、誰もが共感できる普遍的なものですが、それを、海外の読者に過不足なく伝える ためには、作り手たちが、それぞれの立場で最善を尽くし、思いや考えを共有し、時 にはぶつかり合い、わかり合えない部分は納得のいくまで話し合いを重ねてこそ実現 するものです。実際に、作品を創り上げていく過程では、数えきれないほどやりとり をされたとのこと。試行錯誤の末に完成したのが、今まさに手にしている "Are You an Echo?" なのだと思うと、やはりとても感慨深い思いがします。 「作品が完成し、あらためて、自分で自分を褒めたい、と感じたことはどんなところ ですか?」――トークイベントも終盤を迎えた頃に、作り手の方々に投げかけられた この質問への答えからも、最高のチームで制作にあたったことが伝わってきたので、 ご紹介します。「良い仲間を見つけられたことです。良い仕事をするために、自分の まわりに優秀な人を集められたおかげで、このプロジェクトが成功したと思っていま す」と発言されたのはジェイコブソンさん。坪井さんは「共訳者であり、私の姪でも あるサリー・イトウを褒めたいです。彼女はカナダ人ですが、ルーツは日本。なので、 日本の文化に非常に興味をもっているんです。サリーは、みすゞの詩を理解し、英語 の詩と日本の詩の特徴の違いを把握した上で、訳してくれました。直訳では伝わりに くいところでは、語順を入れ替えるなどの工夫を重ね、詩としての美しさを表現でき たと思います」と語られ、羽尻さんは「一般的な絵本の約2倍の分量がある本作品を 仕上げたことを褒めたいです。また、編集者としてのデーヴィッドにも感謝していま す。それは、ラフスケッチ(下絵)の段階で、良い意味で妥協せず、ひとつひとつ丁 寧にチェックして、遠慮せずに意見をくれたからです。これほどまでに意見のキャッ チボールをして仕事に取り組んだのは初めてですが、そのおかげで納得のいく仕事が でき、良い編集者に恵まれたと思っています。僭越ながら、編集者としてのデーヴィ ッドを褒めたいです」と締めくくりました。  トークイベントでは、お互いを認め合い、尊敬し合い、ねぎらい、切磋琢磨しなが ら取り組んできた様子が手に取るように伝わってきました。みすゞの詩、そして、み すゞの存在そのものが作り手たちを結びつけて完成した "Are You an Echo?"。本作 品を中心に、世界中の読者たちが同心円状の輪でつながっているという事実に、どこ か運命的なものを感じました。また、未来に向けてみすゞの言葉が「こだま」になっ て語り継がれていく様子を想像し、胸が熱くなる思いで会場を後にしました。 【参考】 ▼Chin Music Press ウェブサイト http://www.chinmusicpress.com/nihongo.php ▼スペースみすゞコスモス(JULA出版局ウェブサイト内) http://www.jula.co.jp/cat84.php                                 (神原里枝)
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●インタビュー● "Are You an Echo?" の作者・訳者・画家を迎えて

 この度やまねこ翻訳クラブでは、"Are You an Echo?" の作者のデーヴィッド・ジ ェイコブソンさん、訳者の坪井美智子さん、画家の羽尻利門さんにお話を伺うことが できました。講演会前のお忙しい時間を割いて、インタビューに応じてくださった御 三方に心より感謝いたします。また、インタビューの手配をしてくださったJULA 出版局の皆様、場所を提供してくださった龍谷大学の人間・科学・宗教オープン・リ サーチ・センターの皆様に感謝いたします。
●作者:デーヴィッド・ジェイコブソンさんへの質問 Q★本作品は金子みすゞの生涯と詩の二部構成になっています。このように「伝記」 と「詩集」を組み合わせて、なおかつ「絵本」という形式で出版しようと思った理由 について、教えてください。 A☆2014年にこの本の提案をしたのですが、当初は詩と絵による絵本で、最後に金子 みすゞの人生の記録に触れるというものでした。しかし出版社との話し合いのなかで、 みすゞを理解するには彼女の生涯の記録がぜひとも必要であり、最初から彼女の伝記 として載せるべきだということになったのです。  また、伝記だけでなく詩集も加えたのには理由があります。これまでさまざまな詩 人の伝記を読んできましたが、そのあといつも「では、この詩人はどういう作品を残 したのだろう」と気にかかっていました。それを解決するため、後半に詩集を加えて、 64ページの長い絵本にしたのです。  金子みすゞを世界に知らせるチャンスは、これ一回かもしれません。この出版の機 会を生かすためにも、金子みすゞの全部を知らせたいと思いました。 Q★絵本のなかに金子みすゞの病気や亡くなり方を含めることに対して、反対の意見 も多かったのではないかと思いますが、お気持ちが揺らぐことはありませんでしたか? また、そう思われた理由についてもお聞かせください。 A☆この絵本を「伝記と詩」という形にしようと決定したあとで、みすゞの人生の暗 い部分をどの程度含めるかという点について、社内で侃々諤々の話し合いがもたれま した。うちの出版社(チン・ミュージック・プレス社)のブルースも私も、かつて記 者だったので、彼女の人生を率直に語ったほうがいいと強く思いました。読者はどん なに若くても本当のことを知らせるに値します。本当のことを言わなければ、そのこ とが彼らにもなんとなくわかるのではないかと感じました。みすゞの功績の大きな特 徴が、感情に率直であるということなので、これは特に重要だと思ったのです。社内 で論争したあと、日本の専門家、批評家にも意見を伺い、おおむね賛同を得ました。  悪い結果として、みすゞの暗い面を載せれば、彼女の詩の読み方を左右する場合も あるかもしれません。一例として「みんなを好きに」の詩は、みすゞが夫との結婚生 活に悩む場面にあり、文脈から自分がもっと強くなれという意味にもとれますが、こ の詩は本来もっと遊び心があるのではないか、とも思います。  出版後、この暗い部分は幼い子どもにはふさわしくないという反応も多少はありま したが、総じて判断すれば良い効果を生んでいると思います。
●訳者:坪井美智子さんへの質問 Q★この絵本の企画が持ち込まれる前から、金子みすゞの詩の翻訳を始められていた そうですが、そのきっかけを教えてください。 A☆私は最初、金子みすゞの人生に興味がありました。みすゞの童謡詩の日本語がや さしいので、英語を教えていることもあり英語の勉強になるかと思い姪のサリーに話 を持ちかけました。すでに彼女はみすゞの詩を知り興味を持っていました。カナダで 生まれたサリーは詩人・作家であり、自身の本を数冊出版しております。彼女は日本 にとても興味を持ち、こちらに数年留学もしていました。幼い頃に母親が日本の絵本 の読み聞かせをしていたので日本の童話にも大変興味を持っていました。まず私の方 からみすゞの詩を日本語で書き、私が英訳したものを添えてサリーに送ると、彼女が 英詩に直して送り返してくれました。そのやりとりがとても楽しくて、ふたりでたく さんの詩を翻訳していったのです。  そんなふうに2014年の春から翻訳を始めていたところ、同じ年の秋にその頃見ず知 らずのデーヴィッドから出版の申し出がありました。でも最初はまったく実感がなか ったのです。2015年の7月ごろ、どうやら本当らしいとわかりましたが、実物を見る まで、自分がこういうことに関わるなどとはとても信じられませんでした。今回の本 が翻訳者としての初めての仕事です。 Q★英訳にあたっては、サリー・イトウさんと坪井美智子さんと共同で取り組まれて いますが、どのように連携して進めていったのか、具体的に教えていただけますか。 A☆最初は自分たちの個人的な楽しみのためにやっていたのですが、出版するという ことになり、真剣に取り組むにしたがって、みすゞの詩の意味の深さをさらに味わう ことになりました。同時にみすゞの女の子らしい可愛い表現や、英語にはない日本語 の表現、また日本語独特の主語のない表現など、英訳の難しさにメールでは追いつか ず、昼夜問わずスカイプでやり取りするようになりました。デーヴィッドからもメー ルが来て、3人の間で数カ月の間毎日のように10通ほどのメールをやり取りしました。 中身の濃い論争でした。デーヴィッドとは顔を知らない相手だということで、失礼で はないかと思うほどとても大胆に私の信じる解釈を主張しました。 Q★詩は、もともと言葉数が少ないので、言葉を厳選して使うイメージがあるのです が、詩を英訳する際に気をつけている点などあれば教えてください。 A☆姪のサリーに伝えたのは詩のニュアンスです。日本人としてひたすらニュアンス を伝えようとしました。彼女は小さいころから日本の絵本、昔話などになじんでいま したが、それでもわからないことがたくさんありました。サリーが英訳し、それをま た私が見直して日本語のニュアンスにできるだけ近い英語の言葉、表現を探し、お互 いに納得するまでの繰り返しでした。何通りも何通りもやって、1年半の間に相当の 数のメールとスカイプのやり取りを致しました。 A☆デーヴィッド・ジェイコブソンさん:ここに載せたものだけでなく、30〜35ぐら いの詩を取りあげて、各詩ごとにスレッドを作りました。ひとつの詩に対していくつ もの翻訳が出たために、多くのやり取りがあったのです。 A☆坪井美智子さん:詩を英訳する英語力・文学力は、サリーに任せました。サリー とデーヴィッドの間でもお互いに英語を母国語とする者としてのやり取りがたくさん あったようです。サリーは、芸術としての詩の音を大事にして、英語圏の方々に英詩 として素晴らしいと感じてもらえるよう大変努力していました。日本語のオノマトペ を英訳するのも大変で、出版社の方々も加わって論議しました。「こっつん こっつ ん」(「土」の詩)では通じないということで、幾通りも考えました。  "Thwack Thwack" は出版社の人達も加わり論議の末の提案でしたが、最終的にはサ リーが判断して決めました。
●画家:羽尻利門さんへの質問 Q★金子みすゞの故郷を見て回られたそうですが、故郷を訪ねたからこそ描けたと思 われる絵はありますか? A☆画家のスタイルとして、架空の物を描くというより、可能なかぎり実際に見てか ら描くことにしています。たとえば書店の場面などは、ネットで検索などできますが、 実物を見てからでないと描く資格がないように思います。実際にその時代に近づきた い、実際に見てからでないと自分に描く資格を与えられないという気がして、うしろ めたくて手が動かないのです。自分を納得させるために取材にいくという感じですね。 金子みすゞ記念館で手に入れた古い地図の資料と実際に見た場所を組み合わせ、また 大正初期の古い写真を参考にしながら、当時の人々の姿を描きました。  取材したからこそ描けたものは、古いパネル写真による仙崎の再現画です(内表紙 のページ)。色は、矢崎節夫さん監修のドラマ『明るいほうへ、明るいほうへ』(松 たか子主演)のCGを参考にしました。  大漁の場面では、郷土の画家さんが描いた絵の資料を見ることで、昔のシンプルな 大漁旗を描くことができました。雪の積もる場面もそうです。昔の白黒写真と現在の 風景を見比べて、仙崎にある昔の八坂神社を描きました。「お魚」の場面では、金子 みすゞ記念館で実際に見た雪見窓を描いています。表紙絵及び夕焼けシーンの遠景に も、花津浦(金子みすゞの仙崎八景のひとつ)を加えました。仙崎のものをできるだ け入れられたということが、取材の成果です。 Q★みすゞと子どもがふれあう絵がとても印象的だと感じました。みすゞに対して、 また、その作品に対してどのようなイメージをもって描かれたか、教えてください。 A☆以前は彼女の詩を細かくは知りませんでした。今回読んで、一番最初に感じたの は多様性です。また、小さな命に目を向けるやさしさが、強く心に響きました。 Q★「昼と夜」のページの色合いが印象的ですが、ご自身が「色」に込められた思い をお聞かせいただければと思います。 A☆明るいところは昼です。月の色にも見えますね。個人的に気にいっているのは人 物が白黒であるという点です。これは偶然の産物なんです。後ろ(背景)から塗りだ して、人物をそのままにしたほうがいいのではと思うようになり、この形になりまし た。ふわふわとしたイメージが、描いていく過程で次第に形になっていったんです。 この場面が一番、絵を描くのに苦労しました。「縄」をどう解釈するのか、とても難 しいですね。最初は、言葉に「縄」とあるので描きたくないと思っていました。言葉 に出ているものを描くと、しらけることがあるからです。でも自分の子どもが縄とび している写真をたまたま目にしたとき、それがきっかけとなって、こだわりを捨てま した。自分の身の回りにあるものが題材となることはよくあります。
●作者、訳者、画家様への共通の質問 Q★この作品に取り組むにあたって、特に気をつけられた点があれば教えてください。 A☆デーヴィッド・ジェイコブソンさん:  正確な情報を伝えたいということです。私も仲間たちもそのために大変努力しまし た。自分で詩を訳すという選択肢もあったかもしれませんが、原詩の言葉やニュアン スに忠実で、なおかつ確実に美しい英語の詩にするため、サリーさんと坪井さんにお 願いしました。自分で訳していたら、ここまで成し遂げることはできなかったでしょ う。  絵に真実味を感じられるようにとお願いした羽尻さんは、仙崎を訪れ、実際にいろ いろ見て、大正時代の日本をみごとに再現してくださいました。  私自身も事実を正しく伝えるため、矢崎先生が書かれた伝記と512の詩を、数か月 かけて全部読みました。また、制作過程において仲間から違う意見が出た場合、その 意見が正しいと納得できれば、躊躇なく必要な変更を行いました。物事を成功させる うえで非常に重要なのは、それぞれの分野でベストの仲間を見つけ、自分よりもよい 結果を生み出せる仲間に任せること、また、そのような尊敬できる仲間から間違いを 指摘されたときに、自分の仕事を修正する謙虚な姿勢を維持することだと思います。  この絵本のなかで、一番心に残る詩は「昼と夜」です。日本語の世界から英語の世 界へ移すのが難しく、とても考えさせられました。 A☆坪井美智子さん:  画家さんを除いて、たったひとりの日本人として、みすゞに対しても、日本に対し ても大変な責任を感じました。みすゞの詩と、津波の現実、みすゞの結婚の問題など、 正確に知ってもらいたいからです。みすゞが自殺したことで、弱々しいと思われない よう、はっきり書いてほしいと思いました。日本の女性を弱く見られたくなかったの です。津波のページの文章でも、ずいぶん論争を重ねました。最後には画家の羽尻さ んを交え、彼が絵を描いてくれたりして、お互いの理解に努めました。ぎりぎりまで 議論した末に、デーヴィッドが最後に決断してくれたおかげで、日本人として納得で きる日本作家の伝記となったのです。本当に感謝しています。 A☆羽尻利門さん:  空間を描くことによって、当時の日本の風景を描くことです。海外の人に、昔の日 本の空間が見えるようにしたかったのです。仙崎を訪れて、漁村、町並みなどを体験 しました。日本人が箱膳を使って食事をする絵や、土をくわで耕すシーンなどを描く ことで、日本の文化や昔の風景を伝えることができたと思います。
●予定のインタビューが終了しても、質疑応答は続きました。 Q★「みんなを好きに」の詩に「世界のものはみィんな、神さまがおつくりになった もの」という言葉があり、何か宗教観があるように思いますが、いかがでしょうか。 A☆JULA出版局の大村さんよりご回答:  みすゞはクリスチャンではありません。仙崎は信仰の篤い地域なので、生活感覚と して仏教の考え方を身に染ませていたと思います。みすゞの詩に出てくる「天使」な どの言葉は、アンデルセン童話などを読んだ影響ではないかと思われます。この時代、 西洋の物語などが日本語に訳されてどんどん入ってきたので、本屋の娘ですから片っ 端から読んだことでしょう。自分でも「本の虫」と言っていますから、相当な読書量 だったと思います。見たことのない世界を本の中から思い描いていたようですね。特 にキリスト教とのつながりがあるとは思えませんが、厳密に仏教徒だったかどうかは わかりません。 Q★画家の羽尻利門さんに質問:お子さんがいらっしゃるということですが、ご自分 のお子さんになぞらえて描くことがありますか。 A☆羽尻利門さん:  ふだんから、子どものしぐさを参考にしています。手を握っているようすや、細い 指、しゃがんでいる姿勢などの子どもらしいポーズ、縄とびや階段を駆けのぼるシー ンなど、たくさん写真にとって資料にしています。  実物を見ないと描かないようにしているので、みすゞの後姿のシーンでは、自分で はんてんを着て正座して写真をとり、しわのつき方などを確認しました。男物と女物 の着物の違いについては、資料を参考にして描きました。 Q★作者のデーヴィッド・ジェイコブソンさんに質問:こういう形で日本のことを伝 えてくださって、とても感謝しています。今後の出版計画についてお聞かせください。 A☆デーヴィッド・ジェイコブソンさん:  金子みすゞについては、続けて出したいという気持ちはありますが、まだどうなる かわかりません。ほかの伝記では、日本国憲法を作るときに貢献したベアテ・シロタ ・ゴードンについて書こうかなと思っているところです。
 作者・訳者・画家の方々から熱意のこもったお話を伺うことができ、すばらしいイ ンタビューとなりました。皆さんが抱いておられる金子みすゞへの深い想い、そして 彼女の世界を「正確に」伝えたいという情熱がひしひしと伝わってきます。この情熱 があればこそ、"Are You an Echo?" という素敵な絵本が生まれたのでしょう。また、 金子みすゞの世界を育む一助となったのが、大正時代の翻訳文学であったということ も、うれしい発見のひとつです。いつの時代でも翻訳は世界を結ぶ橋なのだと、改め て思いました。この絵本を通して、たくさんの英語圏の人たちが金子みすゞの世界に、 そして日本の心に触れてくれますようにと願っています。                            (取材・文/牛原眞弓)
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●ミニ・インタビュー●すべての始まり

 京都を皮切りに、旭川、東京で行われた「絵本『ARE YOU AN ECHO?』出版記念 ト ークイベントツアー2017」。ラストを飾った東京開催の翌日、デーヴィッド・ジェイ コブソンさんに金子みすゞの詩集を贈られたご友人の杉本なおみさんにお会いする機 会をいただきました。その際伺ったお話から一部ご紹介いたします。 ★デーヴィッドさんに金子みすゞの詩集を贈られた時のことを覚えていらっしゃいま すか。  はい。父が震災以前からみすゞのファンだったのですが、震災を機に私もみすゞの 詩集を借りて読んでみたところ、「大漁」のところで手が止まりました。実は私も同 じ発想をしたことがあったのです。米国留学中、南部料理の本で "Rabbit Delight" というレシピを見つけ、「これって人間にとっては "delight" だけど、ウサギにし てみたら "rabbit disaster" なんじゃないの?」と思ったんですよね……。  かねがね David とは感性が似ていると思っていて、何か理由があって本を贈りた いと思った時、この「大漁」の irony も彼なら分かるだろうと思ってみすゞの詩集 を1冊お送りしたんです。その後、彼が家族で泊まりに来てくれた際に、父が自身の 蔵書から何冊か選んで渡しておりました。 ★みすゞの詩集以外にも本を紹介されたことはありましたか。  はい。20年くらい前に五味太郎さんの「さる・るるる」シリーズを送ったところ、 "Naomi, you know me too well" というメールが返ってきて、「David とは詩や絵本 の感性が似ているのね」と思いました。 ★お父様は昨年亡くなられたとお聞きしましたが、この出版企画が進んでいることは ご存じでしたでしょうか。  はい。本の出版には間に合いませんでしたが、David が PDF を送ってくれたので、 製本はされていないものの、ほぼ完成状態のものに自分の名前が記されていることを 確認して非常に感慨深げにしておりました。その時、父はどの詩に最初に興味を持っ たのかと尋ねたところ、「私と小鳥と鈴と」あるいは「大漁」だったと思うと申して おりました。
 短い時間でしたが、みすゞの詩そのもののようなお話をお聞きして、胸がいっぱい になりました。この絵本を開くたび、巻末に記されたおふたりのお名前を見つめなが ら、この始まりの物語に思いを馳せています。  お忙しいところお時間を作っていただき、本当にありがとうございました。                                (赤間美和子)
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●お知らせ●
 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。
http://www.yamaneko.org/info/order.htm


※ "Are You an Echo?" のご購入について 2017年2月現在、オンライン書店のアマゾンでは時々在庫切れになっているようです。 JULA出版局のホームページからもご購入いただけますのでご利用ください。 JULA出版局ウェブサイト http://www.jula.co.jp/ "Are You an Echo?" の商品詳細ページ(JULA出版局ウェブサイト内) http://www.jula.co.jp/web_cart/detail.php?n=189&p=0
▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽   やまねこ翻訳クラブ(yagisan@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。
           ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・  3月号(定期号)では、第37回「プロに訊く」、第12回「やまねこカフェ(国内レ ポート)」などをお届けする予定です。  詳細は10日頃、出版翻訳ネットワーク内「やまねこ翻訳クラブ情報」のページに掲 載します。どうぞお楽しみに!           http://litrans.g.hatena.ne.jp/yamaneko1/
    ☆☆ FOSSIL 〜 Made in USA のライフスタイルブランド ☆☆  独創的なデザインで世界120ヶ国以上で愛用されているフォッシルはアメリカを代 表するライフスタイルブランドです。1984年、時計メーカーとして始まったフォッシ ルは時計をファッションアクセサリーのひとつと考え、カジュアルでポップなライン からフォーマルなシーンにも使えるアイテムまで、年間300種類以上のモデルを発売 し続けています。またフォッシル直営店では、時計以外にもレザーバッグや革小物な どのラインを展開しています。 TEL 03-5992-4611 http://www.fossil.com/      (株)フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社
●編集後記●『ARE YOU AN ECHO?』出版記念イベントの一報が入ったのは昨年の10月。 香港在住の当クラブ会員、中井川玲子からでした。デーヴィッド・ジェイコブソンさ ん、みすゞの詩集を贈った杉本なおみさんとは、大学時代いっしょに日米学生会議に 参加した友人なのだそうです。宮城に住む私も東京開催のイベントに参加したことで、 長年PCを通して共に活動してきた仲間たちと初めて顔を合わせることができました。 この絵本をきっかけにいただいたご縁に感謝いたします。(赤間美和子)
発 行 やまねこ翻訳クラブ 編集人 赤間美和子/三好美香(やまねこ翻訳クラブ スタッフ) 企 画 池上小湖 牛原眞弓 尾被ほっぽ 神原里枝 菊池由美 中井川玲子 協 力 JULA出版局     龍谷大学 人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター     出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内     asayaka からくっこ キジトラ くらら ながさわくにお MOMO
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