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月刊児童文学翻訳

─2003年10月号(No. 54 書評編)─

※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版>
http://www.yamaneko.org/mgzn/
編集部:[email protected]
2003年10月15日発行 配信数 2,400


「どんぐりとやまねこ」

     M E N U

◎賞情報1
ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞発表

◎賞情報2
ガーディアン賞発表

◎特集
ガーディアン賞受賞作及び最終候補作レビュー

『夜中に犬に起こった奇妙な事件』 マーク・ハッドン作
"The Fire-Eaters" デイヴィッド・アーモンド作
"Lucas" ケヴィン・ブルックス作
"The Speed of the Dark" アレックス・シアラー作

◎注目の本(邦訳絵本)
『デザートタウン』ボニーガイサート文/アーサー・ガイサート絵

◎Chicoco の親ばか絵本日誌
第24回「お話のなかにはいりたい」(よしいちよこ)



賞情報1

―― 第19回(2003年度)ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞発表 ――

 

 ブラティスラヴァ世界絵本原画展(Biennale of Illustrations Bratislava)は、隔年9月〜10月にスロヴァキア共和国の首都ブラティスラヴァで開催される世界最大規模の絵本原画展。1967年に第1回が開催され、以後奇数年に開かれている。今年度は38か国、311名の絵本画家の作品2398点が出展された。日本では1996年から、ブラティスラヴァでの展示の翌年に展示会が行われている。

 9月1日〜4日に行われた審査委員会で今年度の受賞者が以下の通り決定された。

 


★第19回(2003年度)ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞受賞 者
及び出展された絵本


グランプリ :
(1名)
『あめふらし 絵本グリムの森(5)』表紙出久根育(日本)
『あめふらし』(パロル舎)
金のりんご賞:
(5名)

Isol Misenta(アルゼンチン)
"Tic Tac" (Alfaguara)

Michael Dudok De Wit(オランダ)
"Vader en dochter" (Leopold)

Victoria Fomina(ロシア)
"Mozart, Velikije imena" (Grimm press)

Armin Greder(スイス)
"An Ordinary Day" (Scholastic Press)
"Die Insel" (Sauerlander)

*Sauerlander のふたつめの a の上にウムラウト

Chiara Carrer(イタリア)
"A Qui La Faute" (Circonflexe)

金  牌  :
(5名)

Carll Cneut(ベルギー)
"Mijnheer Ferdinand" (De Eenhoorn)

Andrea Petrlik Huseinovic(クロアチア)
*Huseinovic の c の上に「´」
"The blue sky" (Kasmir Promet)
*Kasmir の s の上にハーチェク
"Alica u Zemlji cudesa" (Kasmir Promet)

*cudesa c、Kasmir の s の上にハーチェク

Hafez Mir Aftabi(イラン)
"Bayad be Fekre Fereshteh Bood" (Shabaviz)
"Elyas" (Shabaviz)

Piet Grobler(南アフリカ)
"Een slokje, Kikker!" (Lemniscaart)
*Een の e の上に「´」
"Die spree met foete" (Human & Rouseau)

Antonio Acebal(スペイン)
"!Sahar, despierta!" (Milenta Muyeres)

*先頭の ! は逆さに表記される

 

 グランプリを受賞したのは出久根育氏であった。日本人では瀬川康男氏、中辻悦子氏に続いて、3人目のグランプリ受賞者となる。これまでに『穴』(ルイス・サッカー作/幸田敦子訳/講談社)、『ペンキや』(梨木香歩作/理論社)、『ルチアさん』(高楼方子作/フレーベル館)などの表紙画や挿絵を手がけている。彼女の描く登場人物は強烈な存在感があり、その瞳は不思議な魅力を放っている。1998年には、グリム童話をエッチングで描いた作品でボローニャ国際絵本原画展に入選した。金のりんご賞を受賞した Armin Greder の "An Ordinary Day" は、昨年のオーストラリア児童図書賞絵本部門の受賞作である。

(西薗房枝/なかつかさひでこ)


【参考】
◆「スロヴァキア国際児童芸術館」公式サイト

◆Michael Dudok de Wit 公式アニメーションサイト
http://www.dudokdewit.com

◆Victoria Fomina 紹介サイト(Grimm press)
http://www.grimm.com.tw/20.htm

◆Carll Cneu 公式サイト

◆Andrea Petrlik Huseinovic 紹介サイト
http://www.crowmagazine.com/aph_eng.htm

◇ブラティスラヴァ世界絵本原画展について(本誌2001年2月号情報編「世界の児童文学賞」 )


 

ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞発表   ガーディアン賞発表   『夜中に犬に起こった奇妙な事件』   "The Fire-Eaters"   "Lucas"   "The Speed of the Dark"   『デザートタウン』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU


 

賞情報2

―― ガーディアン賞発表 ――


 10月2日、英国「ガーディアン」紙主催の児童文学賞、ガーディアン賞が発表された。7月に8作品がロングリストとして発表され、9月にはそのうち4作品がショートリスト(最終候補作)に残ったと発表されたところだった。本年度、審査員に加わった作家は、Michael Morpurgo、Malorie Blackman、Philip Ardagh の3人。


★2003年度 The Guardian Children's Book Prize★

"The Curious Incident of the Dog in the Night-time"

by Mark Haddon

(David Fickling Books)


 本年度の受賞作は、これまで絵本や低・中学年向けの作品を発表してきた Mark Haddon が、はじめて書いたYA作品。日本では、いち早く6月に邦訳が出版されている(『夜中に犬に起こった奇妙な事件』/小尾芙佐訳/早川書房)。審査委員長の Julia Eccleshare が「魅力的で独創的、そして考え方を一変させられる」と絶賛したこの作品は、アスペルガー症候群(広義の自閉症の一種)の15歳の少年クリストファーを語り手にした物語。数学は得意だが人の表情を理解することのできない主人公が、まわりの情報をどのように受け止め、どう考えていくのかがうまく描かれており、イギリスで話題となった。児童書と同時に一般向け装幀版も出版され、児童書としては2度目のブッカー賞候補作品(ロングリスト)にもあげられた。すでに世界15か国で翻訳出版されている。内容については、今月号の「ガーディアン賞受賞作及び最終候補作レビュー」記事のレビューを参照のこと。

 

★The shortlist for the Guardian Children's Book Prize

"The Fire-Eaters" by David Almond (Hodder)

"Lucas" by Kevin Brooks (The Chicken House)

"The Speed of the Dark" by Alex Shearer (Macmillan)


(ロングリストは、やまねこ翻訳クラブ資料室:ガーディアン賞受賞作品リストを参照のこと。)


 ショートリストには、日本でも名の知られた実力派作家の名前が並んだ。数々の賞を受賞してきた David Almond は、『肩胛骨は翼のなごり』(山田順子訳/東京創元社)をはじめ、これまでに3冊の邦訳が紹介されている。Alex Shearer も、最近立て続けに4冊の邦訳が出版された話題の作家だ。一方、Kevin Brooks は "Lucas" がYA作品2作目ながら、前作 "Martyn Pig" では、ブランフォード・ボウズ賞を受賞し、またカーネギー賞候補作品にもあげられた実力派。10月31日には角川書店から初邦訳『マーティン・ピッグ』が出版される予定。各候補作品のレビューは、今月号でまとめて紹介している。
(植村わらび)


【参考】
◆ガーディアン賞サイト

◇ガーディアン賞について(本誌1999年3月号「世界の児童文学賞」)
◇ガーディアン賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)


 

ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞発表   ガーディアン賞発表   『夜中に犬に起こった奇妙な事件』   "The Fire-Eaters"   "Lucas"   "The Speed of the Dark"   『デザートタウン』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU


特集

―― ガーディアン賞受賞作及び最終候補作レビュー ――

 ガーディアン賞の受賞作と最終候補作のレビューをお届けする。受賞作のレビューは邦訳本を、他はすべて英国版の本を参照して書かれている。


『夜中に犬に起こった奇妙な事件』
マーク・ハッドン作/ 小尾芙佐訳
早川書房 本体1,700円 2003.06 373ページ

"The Curious Incident of the Dog in the Night-time"
by Mark Haddon
David Fickling Books, 2003

『夜中に犬に起こった奇妙な事件』表紙



  近くの家の犬が園芸用のフォークを刺されて死んでいた。第一発見者のクリストファーは、殺した犯人をなんとしても突きとめなければと思った。父親に反対されながらも、近所の人たちに聞きこみをするなど「探偵の仕事」に励み、ついに容疑者を割り出した。ところが、意外な人物が犯人であることが判明。さらにそれがきっかけで、自分の家庭にも衝撃的な事実が隠されていたことを知り、クリストファーは父親を信じられなくなった。そこで、ある場所を目指して家を出ようと決意する。知らない場所に行くのが苦手なのにもかかわらず……。

 クリストファーは養護学校に通う15歳。数学と物理学の成績が優秀で、すばらしい記憶力を持っているが、人の表情を見分けることができず、コミュニケーションがうまくとれない。本作は、そんなクリストファーが自分で書いた小説という形をとっている。几帳面に綴られる文章を読んでいると、頭のなかのスクリーンにクリストファーの内面が克明に映し出される。それはあまりに新鮮で、驚きをおぼえるとともに、言い知れない思いがこみ上げてくる。

 初めてひとりで訪れた駅や町で、クリストファーは目や耳から容赦なくなだれこむたくさんの情報を処理できなくなり、たびたび混乱する。苦しみながらも自分なりに気をしずめ、再び歩き出そうとするひたむきな姿は、あまりに痛々しい。けれども、クリストファーはあきらめない。自分の頭で論理的に考えたことをひとつひとつ行動に移し、目的を果たそうとする。いつも自分の意志を大切にしているのだ。そうしてしだいに、家族やまわりの人とのちょうどいい関係を保てるようになっていく。複雑な世の中を自分なりに歩むクリストファーの足取りは、ぎこちないけれどたくましい。

(須田直美)

【作者】Mark Haddon(マーク・ハッドン)

 1962年、英国ノーサンプトン生まれ。心身障害のある人たちと関わる仕事を始めとする数々の仕事につくかたわら、1987年に絵本 "Gilbert's Gobstopper" を発表。その他、'Agent Z' シリーズや、スマーティーズ賞候補になった "The Real Porky Philips" など、絵本だけでなく読み物も発表し、TVドラマの脚本家としても活躍している。本作が初の邦訳作品。

【訳】小尾芙佐(おび ふさ)

 津田塾大学英文科卒、英米文学翻訳家。『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス作/早川書房)、『闇の左手』(アーシュラ・K・ル・グィン作/早川書房)など、ミステリやSFの分野を中心に訳書多数。


【参考】
◇マーク・ハッドン作品リスト(やまねこ翻訳クラブ 資料室)


ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞発表   ガーディアン賞発表   『夜中に犬に起こった奇妙な事件』   "The Fire-Eaters"   "Lucas"   "The Speed of the Dark"   『デザートタウン』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU



"The Fire-Eaters"『火喰い術師』(仮題)
by David Almond デイヴィッド・アーモンド作
Hodder Children's Books 2003, 249pp. ISBN 0340773820


 1962年、夏。英国ニューキャッスルの町で、ボビーは火食い術が得意な曲芸師マクノルティと出会い、アシスタントを頼まれる。荒々しくふるまい、自分を痛めつけて芸をするマクノルティを見物人は恐れた。だが、ボビーはこわく思いながらも驚嘆し、尊敬のまなざしで芸をみつめつづけた。

 季節は変わり、秋。ボビーは中学校に入学した。中学の教師は説教中に少し目をそらしただけでも鞭をうつほど冷酷で、学校全体にぴりぴりとはりつめた空気が漂っていた。家では、父さんが原因不明の咳をしはじめる。世界に目を向ければ、キューバをめぐってアメリカとソ連がにらみあい、いまにも核戦争がはじまりそうな気配だ。そんなおり、マクノルティがボビーの家のそばの海辺へやってきた……。

 本作はこれまで作者アーモンドが発表してきたなかでも、一番メッセージ性が強い。キューバ危機当時の人々の不安や苦しみを前面にだし、ボビーの父が第二次世界大戦でビルマに赴いたときの話をする場面をもりこむなど、反戦を謳っているのだ。とはいえ、登場人物が自然の音(今回は、海)に耳をかたむけ、自然と交感するのは前作までと同様。この作品でも、アーモンドは人物の心理描写と自然の描写とをうまくリンクさせている。五感に訴えるような神秘的な雰囲気も健在だ。

 タイトルの「火食い術」にこめられた意味も深いものだ。わたしには、火食い術で燃える炎が hot、ソ連の寒い大地と冷戦が cold との含みをもっているように思え、双方が対照的に映った。海辺でマクノルティが火食い術をするシーンでは、その hot と海を渡った先のソ連の cold を連想させられ心に残る。

 読後、大好きな作家の世界の余韻に浸りながらも、戦争反対のメッセージが強くのしかかってきた。

(早川有加)

【作者】David Almond (デイヴィッド・アーモンド)

 1951年、英国ニューキャッスル・アポン・タイン生まれ。教師、文芸誌の編集者を経て作家となる。子ども向けに執筆した第1作 "Skellig"(『肩胛骨は翼のなごり』/山田順子訳/東京創元社)で、カーネギー賞、ウィットブレッド賞を受賞。その後も数々の賞を受賞している。邦訳は、『闇の底のシルキー』(山田順子訳/東京創元社)、『ヘヴンアイズ』(金原瑞人訳/河出書房新社)がある。


【参考】
◆デイヴィッド・アーモンド公式サイト
◆U.S. Randomhouse内のサイト
◆デイヴィッド・アーモンド邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)


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"Lucas"『ルーカス』(仮題)
by Kevin Brooks ケヴィン・ブルックス作
The Chicken House 2003, 361pp. ISBN 1903434769


 15歳の夏、わたしの心はざわついていた。本島の大学からこの小さな島に帰省中の兄も、仲の良かった女友達のビルも、急に島の不良グループと付き合い出した。昼間からお酒の臭いをさせているような連中ばかりだし、地主の息子で自信過剰なジェイミーが幅をきかせているグループだというのに。そして、島に突然現れてひとりで森に野宿している謎の少年の存在も気になった。人々は得体の知れない少年を警戒し、泥棒だと囁く声さえあった。でも、わたしは一目見た時からその青い瞳に心惹かれた。少年の名はルーカス。言葉を交わすようになると、生い立ちも年齢もわからないこの少年のことが少しずつ理解できるようになった。自然の中で暮らすルーカスには野生動物のようなところがある。人並み外れた運動神経に鋭い感覚、そして人を冷静に観察して善悪を見極める能力。ジェイミーはそんなルーカスを憎んだ。憎しみは悪い噂を生み、噂は偏見に満ちた人々の心を蝕んでいった。……そしてあの事件が起きた。

 主人公のケイトリンが、1年前の夏に起きた2週間の悲しい出来事を書き綴るという設定の物語。大人になりたいと背伸びする兄や親友の態度に疑問を感じていたケイトリンは、その夏ルーカスと出会うことで自然に子供時代を卒業した。だがそのためには、辛い試練を受けなければいけなかった。島という閉鎖的な社会に飛び込んだ放浪者、ルーカスをたったひとりで擁護する立場に立たされたのだ。感情にまかせ、異端者を排除しようとする群集心理の恐ろしさ。揺るがないはずの事実が覆され、ありもしない事実が捏造される。不条理を前になすすべなく、ケイトリンの心は悲痛な叫び声をあげる。だが己の無力さを謙虚に認めた時、人は成長する。「わたしは子どもだった」と1年前を振り返るケイトリンは、今、確実に大人の顔になっている。

(大塚典子)

【作者】Kevin Brooks(ケヴィン・ブルックス)

 1959年、英国デヴォンシャー生まれ。アストン大学卒業。火葬場、動物園、郵便局など様々な職場での経歴に終止符を打ち、作家業に専念するようになった。初めてのYA作品 "Martyn Pig" で2003年のブランフォード・ボウズ賞を受賞。現在はイギリスで一番小さな町、マニングツリー在住。


【参考】
◆ケヴィン・ブルックス インタビュー
◇ケヴィン・ブルックス作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース)
◇月刊児童文学翻訳7月号書評編 "Martyn Pig" レビュー


ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞発表   ガーディアン賞発表   『夜中に犬に起こった奇妙な事件』   "The Fire-Eaters"   "Lucas"   "The Speed of the Dark"   『デザートタウン』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU



"The Speed of the Dark"『闇に向かって』(仮題)
by Alex Shearer アレックス・シアラー作
Macmillan 2003, 280pp. ISBN 1405020423


 クリスは画家の父と二人暮らし。芸術家気質の父は世渡りが下手で、広場の似顔絵描きとして生計を立てていた。いつしか父は、広場のパフォーマンス仲間の一人、美しく個性的な踊り子のポッペアと親密な仲に。だが、自分の外見に劣等感をもつ小男エックマンがひそかにポッペアを愛したことから、すべての歯車が狂いはじめる。エックマンは拡大鏡でしか見えないほど微細なミニチュア作品を作り、小さなガラスのドームに入れて自分の画廊で展示していた。ポッペアをモデルにしたいと申し出るエックマン。やがてポッペアが、続いて父が失踪し、クリスはエックマンに引き取られる。父を恋しく思いながら、エックマンの庇護のもと、クリスはすくすくと育つ。だが、エックマンの工房にあるガラスドームには、恐ろしい秘密が隠されていた……。

 ストーリーは、成人したクリスの同僚が、失踪したクリスの手記を読むという形で語られる。イギリスの歴史ある町を舞台に、ゴシックの香りを漂わせて話は進み、孤独な醜い男と美女という設定は、ホフマンの『砂男』やユーゴーの『ノートルダム・ド・パリ』を連想させる。科学技術によって非現実が現実となったときに人間の本性が浮き彫りにされるという趣向も、怪奇小説的な味付けだ。誰にも愛されず愛することもなかった男が、はじめて人を愛したときに起きた悲劇。のちにエックマンはあれほど望んだ愛を得るが、時すでに遅く、その愛も自らの罪のため一瞬にして消え去ってしまった。ラストでクリスが選んだ決断は、どんな生きかたが幸福かという問題もつきつけている。

 奇想天外な設定と、ふんだんに散りばめられた機知や警句は、作者ならでは。障害者のダークな扱いかたという点では批判も受けているが、人生の残酷さと、人が痛いほど愛を欲する気持ちを描き切った作品だ。

(菊池由美)

【作者】Alex Shearer(アレックス・シアラー)

 1949年生まれ。英国サマセット在住。シナリオライターとして執筆活動を始め、映画、舞台、ラジオ劇の脚本など多くの作品を書く。その後、若い世代を主な対象とした小説を発表。昨年刊行された初の邦訳『青空のむこう』(金原瑞人訳/求龍堂)以降、翻訳出版が相次いでいる。


【参考】
◇アレックス・シアラー邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)


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注目の本(邦訳絵本)

―― 砂漠の町に息づくたくさんのドラマ ――


『デザートタウン』
ボニー・ガイサート文/アーサー・ガイサート絵
久美沙織訳
BL出版 本体1,500円 2003.08 32ページ

"Desert Town"
text by Bonnie Geisert, illustrations by Arthur Geisert
Houghton Mifflin Company, 2001
『デザートタウン』表紙


 デザートタウン――舞台はアメリカ、ネバダ州のある砂漠の町。表紙を広げると雄大な風景に圧倒される。だが、これといった観光名所はない。家や建物は数えられるほどで、鉄道はあるものの列車は通りすぎるだけ。そこでは時がとまっているようだ。

 一見さびれた町に、アーサー・ガイサートの精密な銅版画と妻ボニーの簡潔なテキストが生命を吹き込んでいる。きびしい気候とうまくつきあい、自然の恵みを存分に味わいながら暮らす人々のぬくもりがどのページからも感じられる。読者はいつのまにかこの町の旅人になってしまう。今にも地表の熱にとかされるかと思うと、快適な室内に案内され、人々のおしゃべりが聞こえてくるようだ。気がつくと気球に乗っているみたいに町を上空から眺めている。旅人はさまざまな角度から町を案内される。

 また、この町ではいくつかの小さなドラマが同時進行している。真夏の夜に恋を実らせた若いふたりは、人々の祝福をうけよろこびの日を迎える。めぐってきた春の日の風景は以前と同じではない。変化をひとつずつ追いながら何度も読み返してしまう。

 本作品はガイサート夫妻によるアメリカの小さな町を描いた絵本のシリーズの4冊目である。他の3冊『プレーリータウン』『リバータウン』『マウンテンタウン』(すべて久美沙織訳/BL出版)同様、夫妻は小さな町の日常に息づくたくさんのドラマを愛情のこもったまなざしですくいとり、ていねいに再現している。ガイサート夫妻は、住まいのイリノイ州ガレナからカリフォルニア州オレンジまで何度も旅し、3年間で数多くの砂漠の町を取材して『デザートタウン』をかきあげた。夫妻の作品づくりにたいする地道で真摯な姿勢がうかがわれる。

 自分の何気ない毎日について、ふと思う。見なれた風景の中にこそたくさんのドラマがあるのかもしれない。さまざまな角度の視点からそれをひとつずつ見つけたくなった。きっと自分の日常がもっといとおしくなるだけでなく、遠い町の日常から聞こえる鼓動にも耳をすませられるだろう。

 表紙を手にしたときには、通りすがりの旅人でしかなかったのに、絵本を閉じる頃には、すっかりこの町に愛着を感じている。きっと今度は、なつかしいふるさとに帰郷するような思いでページをめくるだろう。

(鈴木明美)


【絵】アーサー・ガイサート(Arthur Geisert)
 アメリカ、テキサス州ダラス生まれ。カルフォルニア大で修士号を取得。イリノイ州の大学で教えていたが、1971年頃からフルタイムの制作生活となる。1978年、国際版画ビエンナーレ展で受賞し、銅版画家として活躍。サンフランシスコ近代美術館はじめアメリカ各地で作品が巡回展示される。9月に最新刊 "Mystery" が出版された。

【文】ボニー・ガイサート(Bonnie Geisert)
アメリカ、サウスダコタ州クレスバード生まれ。イリノイ州ガレナの小学校で20年間教師をして一家の生活を支えた。作品は、夫アーサーとの共作5冊の絵本のほかに小説 "Prairie Summer" がある。

【訳】久美沙織(くみ さおり)
  上智大学在学中、『水曜日の夢はとても綺麗な悪夢だった』でデビュー。SF 、ファンタジー、ミステリ、エッセイなど著書多数。ガブリエル・バンサンの絵本を愛し、BL出版に愛読者カードを送ったことがきっかけで翻訳のオファーを受け『ヘイスタック』(ボニー・ガイサート文/アーサー・ガイサート絵/BL出版)が初の訳書となる。最新訳書に『ナーサリークライムズ しちめんどうくさい七面鳥盗難事件』(アーサー・ガイサート作/BL出版)。


【参考】
◇ガイサート邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)


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Chicocoの親ばか絵本日誌 第24回 よしいちよこ

―― 「お話のなかにはいりたい」 ――

 

 ある休日の昼さがり、しゅんは昼寝をしていたおとうさんの上にのっかって遊んでいました。ぶつぶつとなにかいっているので、よく聞くと、「コオロギの下にはしゅんちゃん。しゅんちゃんの下にはおとうさん。おとうさんの下にはきもちのいいおふとん」。しゅんは絵本『おひるねのいえ』(オードリー・ウッド文/ドン・ウッド絵/えくにかおり訳/BL出版)ごっこをしていたのです。お昼寝の家では、おばあちゃん、ぼうや、いぬ、ねこ、ねずみが重なって気持ちよさそうに眠っています。ところが、その上に眠れないノミがのっかったから大変。しゅんは、ノミがのっかってからあとの、風船がはじけたような展開が大好きで、何度読んでも爆笑します。その日のごっこ遊びでも、「コオロギがしゅんちゃんをかんで、ぎゃー! しゅんちゃんがおとうさんの上に、どすん!」……おとうさんの昼寝はここまでとなりました。(しゅんは今コオロギを飼っています)

 もう1冊、しゅんが最近何度も読んでいる絵本は『ドラゴン』(ウエイン・アンダースン作/岡田淳訳/BL出版)です。空から水のなかに落ちた卵から生まれた《ぼく》が自分はなになのかを知ろうとするお話。タイトルを教えずに読みはじめました。単純なしゅんは、魚が《ぼく》に「ひれがあるから魚の仲間だ」といえば、「ほんまや! ひれ、あるある! 魚や!」といい、トンボが「羽があるから虫だ」といえば「羽あるある! やっぱり虫や!」といい、鳥が「飛べるから鳥の仲間だ」といえば「そうそう、鳥や!」といいました。わたしは「もうちょっとよく考えなさいよ」といいたいのをこらえて読み進みますと、ヘビやワニの登場にしゅんは緊張し、人間の男の子の登場にあこがれの表情になり、後半の冒険シーンでは胸をわくわくさせているのがわかりました。しゅんは、《ぼく》が「ああ、人間の男の子、きみって、とってもすてきだ」という場面が大好きで、自分のことをいわれているような誇らしげな顔をします。かわいさ、笑い、感動をつめこんだストーリーに、美しくやさしいだけでなくユーモアのある絵がぴったりの、とてもすてきな絵本です。タイトルを知ってしまったあとも、しゅんはくりかえしこの絵本を楽しんでいます。

 今月号情報編の「出版社研究」で、BL出版の取材に同行しました。取材前の準備をかねてBL出版の絵本をたくさん読みました。それにつきあったしゅんがとくに気に入ったのがこの2冊でした。取材で貴重なお話を聞かせてもらえたこと、親子で楽しめる絵本(父親も楽しんでいたかは謎ですが)と知りあえたことに感謝します。


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●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。


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●編集後記●

チェコ語とクロアチア語の入門編のテキストを久しぶりに手に取りました。語学ってやり始めは楽しいですよね(でも、極めようとすると地獄……)。(あ)


発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: 西薗房枝(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人: 赤塚京子(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
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