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月刊児童文学翻訳

─2004年3月号(No. 58 書評編)─

※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版>
http://www.yamaneko.org/
編集部:[email protected]
2004年3月15日発行 配信数 2420

「どんぐりとやまねこ」

     M E N U

◎特集
ニューベリー賞/コールデコット賞/プリンツ賞
       受賞作及びオナー(次点)作レビュー

"Olive's Ocean" ケヴィン・ヘンクス作

"Ella Sarah Gets Dressed" マーガレット・ショードス‐アーバイン文・絵

"The First Part Last" アンジェラ・ジョンソン作

"The Earth, My Butt, and Other Big Round Things" キャロリン・マックラー作

"Keesha's House" ヘレン・フロスト作

"Fat Kid Rules the World" K・L・ゴーイング作

◎注目の本(邦訳絵本)
『ぶた ふたたび』 ユリア・ヴォリ文・絵

◎注目の本(邦訳読み物)
『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』 マータイン・マレイ文・絵

◎Chicoco の親ばか絵本日誌
第26回「絵本か夢か現実か」



特集

―― ニューベリー賞/コールデコット賞/プリンツ賞                   
                         受賞作及びオナー(次点)作レビュー ――

 2月号に引き続き、本年度のニューベリー賞/コールデコット賞/プリンツ賞の受 賞作とオナー(次点)作のレビューをお届けする。レビューはすべて米国版の本を参 照して書かれている。

 


"Olive's Ocean"
『オリーブの海』(仮題)
by Kevin Henkes
ケヴィン・ヘンクス作
Greenwillow Books 2003, 217pp. ISBN 0060535431

★2004年ニューベリー賞オナー(次点)作



 8月の半ば、クラスメートだったオリーブの母がマーサを訪ねてきた。オリーブは2月に転校してきた目立たない女の子で、マーサは口をきいたことさえなかった。そして数週間前、交通事故で亡くなった。そんなオリーブの日記の一部だといって渡された紙片を読み、マーサは驚く。「わたしの希望」という題の下に、いつか小説家になりたい、海の見える家に住みたい、そして、マーサと友だちになりたい、と書かれていたのだ。じつは、マーサもひそかに小説家を志していたし、翌日には家族で祖母の住む海辺の家へ夏の終わりを過ごしに行くことになっていた。いまは亡きクラスメートとの共通点と、自分に対する意外な気持ちを知り、マーサはオリーブのことで頭がいっぱいになる。でも、このことは家族の誰にも話す気になれなかった。弁護士を辞めた父は小説の構想を練っているらしくて気むずかしくなったし、ラジオ番組を持っている母は家に帰れば仕事の話ばかり。ひとつ年上の兄とは仲がいいけれどときどき距離を感じるし、妹はまだ2歳だ。その夏、祖母の提案でおたがいの知らない面をひとつずつ話す約束をしたマーサは、誰よりも信頼のおける祖母に自分の思いを打ち明けはじめる。

 オリーブの日記や祖母との対話を通じて、マーサは死や老いを身近に感じるようになった。とはいえ、12歳の日々はとどまることなく続く。映画づくりに誘ってくれた同じ海辺に住む男の子に恋をし、やがて傷つくが、脳裏に浮かぶオリーブの姿や祖母の存在に支えられて、また歩きだすのだ。思春期の入り口に立つ心は、波立ったり凪いだり、きらきら光ったり暗く陰ったりと、じつにめまぐるしい。マーサはそんな自分の内面といつも真剣に向き合い、「生きていきたい」という思いを強くしていく。揺れ動く気持ちの変化をていねいにたどる作者ヘンクスの文章は、マーサが大好きでたまらない海のような輝きを放っている。

 心の痛みを知ってひとまわり大きくなったマーサは、オリーブへの友情のしるしに贈りものをつくり、「オリーブの海」と名づけた。ヒントになったのは、祖母があるものを利用してつくった、素朴だけれど美しいものだ。生死や世代を越えて結ばれた関係は、不思議な力強さを持っている。これからもマーサは自分の人生をしっかりと送り、将来、豊かな小説を書くに違いない。

(須田直美)

【作】Kevin Henkes(ケヴィン・ヘンクス)
1960年、米国ウィスコンシン州ラシーン生まれ。大学在学中、編集者に認められて、1981年に絵本 "All Alone" でデビュー。『いつもいっしょ』(金原瑞人訳/あすなろ書房)でコールデコット賞オナー(次点)他に選ばれるなど、数々の絵本で人気を集めている。また、『マリーを守りながら』(多賀京子訳/徳間書店)など、読み物も発表している。ウィスコンシン州在住。

 

【参考】
ケヴィン・ヘンクスの公式サイト(HarperCollins Children's Books 内)
◇ケヴィン(ケビン)・ヘンクス作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)

 

"Olive's Ocean"   "Ella Sarah Gets Dressed"   "The First Part Last"   "The Earth, My Butt, and Other Big Round Things"   "Keesha's House"   "Fat Kid Rules the World"   『ぶた ふたたび』   『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

"Ella Sarah Gets Dressed"
『エラ・サラのおめかし』(仮題)
by Margaret Chodos-Irvine
マーガレット・ショードス‐アーバイン文・絵
Harcourt Children's Books 2003, 40pp. ISBN 0152164138

★2004年コールデコット賞オナー(次点)作


 水玉、ストライプ、花模様……。朝起きて、カラフルな色がのぞくクローゼットの中からエラ・サラが着たいなと思った服は、オレンジ地にピンクの水玉がはじけとぶパンツと、やまぶき色にオレンジと緑の大きな花が踊るドレス。これに紫と水色のしましま靴下、黄色の靴、赤い帽子で、もう決まり! パジャマ姿のエラ・サラに母さんや父さん、お姉ちゃんは違うコーディネイトをすすめるけれど、エラ・サラは「だめ!」と、かたくなに自分の意志を押し通す。選んだ服は、エラ・サラの素直な気持ちそのものだ。子どもの自我を明るい多色刷り版画で表現した本作品は、無邪気でおおらかな幼児期をたたえている。

 版画家の作者は自らも2人の娘を育てる母親だ。クローゼットを開いて「これが着たい」とつぶやくエラ・サラ、お気に入りの服を身につけようと奮闘するエラ・サラ、大きな鏡の前で満面に笑みをたたえるエラ・サラ、どの姿も幼児を日頃から観察する目を通して描かれる。ところどころにあしらわれたレースやパターン模様は作品全体に気品を生み出し、生活のあたたかさに洒落た雰囲気を添えている。洗練された構成は、平面を緻密にデザインする版画家ならではの技巧といえる。やわらかい色合いのオレンジ、黄、水色、黄緑系が中心に使われ、ダイナミックな構図にもかかわらず、心地よさが絵本全体を包み込む不思議な効果を生んでいる。思わず、「人生、カラフルに自分のペースでいこう!」という気持ちになってくる。

 子どもの世界には、明るい色があふれている。見渡してみれば、おもちゃも洋服も、身のまわりの持ち物も、いったん目にしたらとりこになってしまうような鮮やかな色や光る色が多い。小さな子どもは、鮮明な色に魅せられるという特性もあるだろう。エラ・サラのまわりにも、笑いのこぼれる色がいっぱいだ。友達に囲まれたエラ・サラのごきげんな笑顔、赤い帽子に揺れるオレンジ色の大きな花、子どもの幸福そのものがそこにあふれている。

(ブラウンあすか)

【文・絵】Margaret Chodos-Irvine(マーガレット・ショードス‐アーバイン)
オレゴン大学を卒業。版画家として作品を発表しながら、絵本のイラストにも取り組む。絵本に "Buzz"、"Apple Pie Fourth of July"(ともにジャネット・S・ウォング文)、"Hello, Arctic!"(セオドア・タイラー文)などがある。本作は絵だけでなく文も手がけた初めての作品。夫と2人の娘とともにワシントン州シアトル市在住。


【参考】
◆マーガレット・ショードス‐アーバインの公式サイト
◆インタビュー記事(最後の方で、本作品についても触れている)

 

"Olive's Ocean"   "Ella Sarah Gets Dressed"   "The First Part Last"   "The Earth, My Butt, and Other Big Round Things"   "Keesha's House"   "Fat Kid Rules the World"   『ぶた ふたたび』   『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 


"The First Part Last"
『生まれたときへ』(仮題)
by Angela Johnson
アンジェラ・ジョンソン作
Simon & Schuster 2003, 131pp. ISBN 0689849222

★2004年プリンツ賞受賞作
★2004年コレッタ・スコット・キング賞作家賞受賞作



 ぼくは〈今〉、生まれたばかりの娘のフェザーと暮らしている。毎晩、娘が泣けばぼくは目をさます。フェザーを抱くと赤ちゃん独特の甘いにおいがする。この小さな命にはぼくが必要だ。だけど睡眠不足で、授業中は居眠りばかりしてしまう。友達に誘われても、フェザーのことが気にかかる。ゲームセンターで遊ぶ日々は終わった。

 すべてが変わったのは、16歳の誕生日だった。〈あの時〉のぼくはマンハッタンで暮らす平凡な高校生。その日は親友2人といっしょに学校をさぼって、エンパイア・ステート・ビルに登った。でも、いつもの誕生日と同じように家でケーキを食べることはできなかった。家の前で待っていたガールフレンドのニアに、妊娠していることを告げられたから。両親や親友への告白、初めての産婦人科検診、そしてソーシャル・ワーカーとの話し合いを重ねるうちに、ニアのおなかが大きくなっていく。ぼくたちはなんらかの決断をせまられる。

 本書は主人公のボビーが一人称で語る、〈今〉と〈あの時〉の章が交互に続く構成だ。〈今〉の章ではフェザーが生まれてからの生活、〈あの時〉の章では妊娠がわかってからの生活が語られる。同時進行するふたつの時の流れを読むうちに、ある疑問がわいてくる。時の流れがひとつにつながってその疑問が解けたとき、タイトルの意味があらためて心にひびいてくる。

 10代の妊娠、出産、子育ての厳しさなどがテーマになっていると、妊娠した少女の方に目が行きがちだ。しかしこの作品では、ボビーが「父親」としての自覚に目覚めていくところや、ふたりの責任であることが明確になっているところに好感がもてる。前作の "Heaven" では、この作品以後のボビーとフェザーの姿が登場する。

 フェザーを育てるという強い決意をしたものの、慣れない子育ての苦労から逃げ出したいと思うボビーの気持ちは、子どもが生まれて間もないころにわたし自身が抱いた思いと重なる。フェザーは生後間もない赤ちゃんそのままの姿に描かれている。わたしは動作のひとつひとつにうなずきながら読んだ。子どもを育てる責任と喜びが、素直に心に届くので、子どもにも大人にも読んでもらいたい。

(竹内みどり)

【作】Angela Johnson(アンジェラ・ジョンソン)
1961年、米国アラバマ州生まれ。ベビーシッターをしたりサマーキャンプで働いたりと、子どもに関わる仕事をしたのち、1989年から絵本、小説、詩を発表してきた。コレッタ・スコット・キング賞は "Heaven" と "Toning the Sweep" に続いて本作で3度目の受賞。プリンツ賞は今回が初受賞である。邦訳はまだない。オハイオ州ケントに在住。


【参考】
◆アンジェラ・ジョンソンのサイト(African American Literature Book Club 内)
◆アンジェラ・ジョンソンのサイト(Literature Resources University of Nebraska Omaha 内)
 http://www.unomaha.edu/~unochlit/johnson.html

◇アンジェラ・ジョンソン作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)

 

"Olive's Ocean"   "Ella Sarah Gets Dressed"   "The First Part Last"   "The Earth, My Butt, and Other Big Round Things"   "Keesha's House"   "Fat Kid Rules the World"   『ぶた ふたたび』   『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

"The Earth, My Butt, and Other Big Round Things"
『わたしを変えた丸いもの――地球、お尻、etc』(仮題)
by Carolyn Mackler
キャロリン・マックラー作
Candlewick Press 2003, 246pp. ISBN 0763619582

★2004年プリンツ賞オナー(次点)作


 会社役員の父、カウンセラーの母、成績優秀かつ容姿端麗な姉と兄。マンハッタンの高級マンションに住むシュリーヴズ家は、非の打ち所がない一家だ。ただひとり、末っ子のヴァージニアを除いては――。

 わたしはヴァージニア。15歳の太めの女の子。ティーン雑誌やテレビの娯楽番組が大好きで、はっきりいってハイソな家族のなかでは浮いちゃってる。学校でも、人気者だった兄さんと比べられるし、美人グループのブリーに、わたしみたいな体型は耐えられないって言われるしで、みじめな思いをしてる。頼りにしていた親友は引っ越してしまい、踏んだり蹴ったりの状況。でも、年頃の女の子としては、男の子と付き合ってみたい。新学期、偶然バスに乗り合わせた同級生のフロッギーとなりゆきでキスした。あれから3週間、フロッギーとは週に1度わたしの部屋で会っていて、キスだけじゃすまない関係になってるけど、学校ではお互い知らんぷり。だって、わたしが作った「太った女の子の鉄則」には、他人の目があるところで、男の子に話しかけてはいけないって書いてあるから。そんなことしたら、相手が負担を感じて、太った女の子と付き合ってくれなくなるでしょ?

 身近な人が自分より優れていると思うこと、そういう気持ちはだれにでもあるが、それらが雪だるま式にふえてしまうと辛い。ヴァージニアのように、自分さがし真っ最中の世代は、小さなきっかけでコンプレックスの大きな塊になってしまいがちだ。傍目には問題のないシュリーヴズ家にも落とし穴があった。仕事人間の両親は不在がち、なのに、母親は娘のダイエットやファッションに過度に干渉してくる。さらに尊敬する兄が起こしたレイプ事件と、心の歯車を狂わせる出来事が次々に起こる。ヴァージニアはどうやって立ち直っていくのか――。作者は、メールやチャット、フェイスピアス、ヘアカラーなど、10代の子どもたちに寄り添った小道具を使っている。母娘の確執、友情、そして恋愛という3つのテーマを扱っているので246ページと長めの作品だが、軽快なタッチが長さを感じさせない。等身大に描かれた登場人物たちは、行動する勇気と自分自身を大切に思う心を、読者に示している。

(河原まこ)

【作】Carolyn Mackler(キャロリン・マックラー)
1973年、ニューヨーク市生まれ。22歳から執筆活動をはじめる。2000年に、デビュー作 "Love and Other Four-Letter Words" を発表し、2作目の本書はイギリスやオーストラリアでも出版されている。今夏には3作目が出版予定。いずれも10代の若者を主人公にした作品である。夫とニューヨーク市在住。


【参考】
◆キャロリン・マックラーの公式サイト

 

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"Keesha's House"
『キーシャの家』(仮題)
by Helen Frost
ヘレン・フロスト作
Farrer, Straus and Giroux 2003, 116pp. ISBN 0374340641

★2004年プリンツ賞オナー(次点)作


 キーシャは高校生。アルコール依存症で暴力をふるう父親から逃げ出し、「ジョーの家」で暮らしている。家主のジョーは自らも傷ついた子ども時代を過ごし、里親に救われた経験から、苦しむ子どもたちに無償で自分を見つめなおす場所と時間を与えてきた。今では、ジョーのおかげで安らげる場所を得たキーシャが、居場所を失った子たちに手をさしのべている。妊娠がわかって戸惑い悩むステフィー、養父母になじめないドンテイ、ゲイであることを両親に受け入れてもらえないハリス、義父の性的虐待から逃れてきたケイティ。以前はジョーを頼って若者が集まったその場所は、いつしか「キーシャの家」と呼ばれるようになっていた。寒さをしのぎ、ゆっくり眠り、そして自分であることを肯定できるところ。誰よりもその大切さを知っているから、キーシャは今日も、自分を見失った子どもたちに声をかける。

 ソネット(十四行詩)、セスティーナ(六行六連詩)の形式で語られる、各登場人物のモノローグが編み出す物語。重くつらい現代的なテーマが、古典詩のスタイルを得て瑞々しく語られている。

 困難に直面して追い詰められ、若者たちは「キーシャの家」という逃げ場所へとたどり着く。誰かとのつながりを断ち切ったり、誇りを失ったり、「逃げる」ことには常に喪失と痛みが伴うものだ。けれども未来を信じている限り、たとえ逃げてもそれは負けではない。キーシャをはじめ、登場人物の若者たちは、多くを失いながらも希望だけは決して手放さなかった。傷つき疲れ果てて「キーシャの家」のドアをノックし、ひとときの安らぎを得る。そして彼らが本当に求めているものは、安穏に甘えることではなく、自分の力で自分らしく生きることのできる人生だ。最終章は、まっすぐ前を見据えるそれぞれの思いが、韻律の響きの中で重なりあい共振し、未来を切り開く力強さを感じさせる結末となっている。

 巻末にはソネットやセスティーナについての解説を添付。作品に共感した若い読者をさらに深い詩の世界へと誘う。

(森久里子)

【作】Helen Frost(ヘレン・フロスト)
米国サウスダコタ州生まれ。シラキュース大学卒業、インディアナ大学大学院で修士号取得後、米国各地やスコットランドで教職に就き、現在はインディアナ州フォートウェインで、虐待などで心に傷を持つ子どもたちに詩作を教えている。


【参考】
◆ヘレン・フロストの公式サイト

 

"Olive's Ocean"   "Ella Sarah Gets Dressed"   "The First Part Last"   "The Earth, My Butt, and Other Big Round Things"   "Keesha's House"   "Fat Kid Rules the World"   『ぶた ふたたび』   『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 


"Fat Kid Rules the World"
『デブは最高』(仮題)
by K. L. Going
K・L・ゴーイング作
G. P. Putnam's Sons 2003, 183pp. ISBN 0399239901

★2004年プリンツ賞オナー(次点)作

 ぼくは身長185センチ、体重134キロ。元海兵隊員で厳格な父さんや、3つ年下の弟、デイルは体を鍛えているから、家族でデブはぼくだけ。でも小さいころ、母さんが癌で死ぬ前のぼくはやせていたんだ。太っていると、動く姿だけで笑いの種になる。地下鉄に飛び込んでもやっぱり笑われるのかなって考えながら、ホームの端に立っていたら、やせっぽっちの汚らしいやつに声をかけられた。そいつはカート・マクレーと名乗った。名前を聞いてびっくりした。以前ぼくの高校に通っていた、いろいろな伝説を残している名物生徒で、天才的なパンク・ギタリストだったから。自殺を止めて命を救ってもらったので、カートに昼飯をおごることになった。何の楽器ができるかと聞かれて、ドラムって適当に答えたら、一緒にバンドをやることになってしまった。

 カートは学校に現れ、バンドの練習をしようといってぼくを連れ出した。学校からの連絡でぼくが授業をさぼったことを知った父さんは、怒る代わりに、母さんを亡くしたあとの自分の子育てが間違っていたのかもしれない、と悩んでしまった。そして、ドラム・セットを買ってくれた。ぼくとカートはライブに向けてひたすら練習に励んだ。帰る家のないカートはときどきうちに泊まっていくけれど、ぼくと一緒にいないときのカートが、どこで何をしているのかは知らない。

 主人公は、家でも学校でも居場所がない、17歳の少年、トロイ。太っていることを気にしていないわけではないけれど、ダイエットなどせず、のべつまくなしに食べている。そんなトロイがライブで聴いたカートのギターに衝撃を受け、パンク・ロックにどっぷりとはまる。カートとの付き合いを通して、世の中は自分が思っているのとは違うこと、みんなは太っている自分を見て笑っているわけではないということがわかってくる。また、父親がただ厳しいだけではない、やさしく温かい、頼れる存在であることにも気づき、険悪だった弟、デイルとの関係にも変化が訪れる。そして、ギタリストとしては天才だけれど、不幸な生い立ちのため破滅型の生活を送るカートを、今度はトロイが、父親とデイルの協力を得て、救ってやろうと試みる。その姿には、地下鉄のホームに立っていた、コンプレックスの塊だった少年の面影はない。

(赤塚きょう子)
 
【作】K. L. Going(K・L・ゴーイング)
大学卒業後、成人に読み書きを教える教師、航空券販売業、リゾートホテルのフロント・デスク、書店の店員などを経て作家となる。本作がデビュー作。ニューヨーク州在住。

 

【参考】
◆K・L・ゴーイングの公式サイト

 

"Olive's Ocean"   "Ella Sarah Gets Dressed"   "The First Part Last"   "The Earth, My Butt, and Other Big Round Things"   "Keesha's House"   "Fat Kid Rules the World"   『ぶた ふたたび』   『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

注目の本(邦訳絵本)

―― 幸福とは、あの“ぶた”がまた読めること ――


『ぶた ふたたび』
ユリア・ヴォリ文・絵/森下圭子訳
文溪堂 定価1,575円(税込) 2004.01 32ページ

"Sika"
by Julia Vuori
OTAVA, 1994

 『ぶた ふたたび』表紙


 タイトルに「ふたたび」とあるように、この絵本には前作がある。3年前に刊行された『ぶた』がそれ。原書は1冊64ページのもので、邦訳ではその1冊を2分冊に編集している。前作を読んで以来、私はすっかり“ぶた”を愛してしまい、続編が出るという話を聞いてから、まさに年単位で刊行を待っていた。

 絵本は“ぶた”の独白ですすんでいく。出だしはこう――。ベッドで目覚め、のびをしながら“ぶた”がつぶやく。

“夢の中でかん高い歌声をきいた。「きのうはどこへ行ったの? 花開き、
のびるよ麦の穂。なのに今日はどこも真っ白。なにもみえない」”

 そう、私のだいすきな“ぶた”は哲学的思考を好む。それだけではなく、ユーモアもたっぷり。愛用するブタ貯金箱から友だちがお金をくすねた時には色々な諺について考えてみる。「最後のたのみはブタ貯金箱」「ブタに真珠は似合わない」等々、オリジナルな諺(?)には吹き出してしまう。

 美しい色あいは水彩だろうか。のびやかで華やかな色が派手にならずに、ページをお洒落に仕上げている。文字はすべて手書き文字。『バムとケロのさむいあさ』(文溪堂)で人気の高い絵本作家島田ゆかさんが書いている。絵になじんでいる手書き文字もこの絵本の魅力のひとつだ。

 最初から読まなくても、ぱっと開いたところを気の向くままに読んで楽しめる絵本はそうそうない。“ぶた”の独白が、1頁もしくは見開きでひとつの流れになっているおかげだ。ページを繰るたびに“ぶた”のなにがあっても前向きにがんばる姿に癒される。「洗濯機に入れたままでかびたタオルはもう一度洗わなきゃ」いや、さすがにかびは出さないぞと、私は“ぶた”に慰められるのだ。

(林さかな)


【文・絵】ユリア・ヴォリ(Julia Vuori)
1968年生まれ。ヘルシンキ美術工芸大学で美術を学ぶ。フィンランドの著名な芸術家をわかりやすく紹介した "Eero"、"Unennakija Tulee"(いずれも未訳)の他、子ども向けの詩の本にも絵を描いている。現在フィンランド最大の日刊紙にウサギが主人公のイラストを連載中。

【訳】森下圭子(もりした けいこ)
日本大学芸術学部卒業。ムーミンとトーベ・ヤンソンの研究家。研究のかたわらにフィンランドの芸術活動にも参加している。音楽空間 Tse-Tse(ツェ ツェ)を共同主宰。

 

"Olive's Ocean"   "Ella Sarah Gets Dressed"   "The First Part Last"   "The Earth, My Butt, and Other Big Round Things"   "Keesha's House"   "Fat Kid Rules the World"   『ぶた ふたたび』   『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

注目の本(邦訳読み物)

―― ありのままのあたしが輝くとき ――


『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』表紙 『(ふつうじゃない人をめざした)
シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』
マータイン・マレイ文・絵/斎藤倫子訳
主婦の友社 定価1,680円(税込) 2004.01 286ページ

"The Slightly True Story of Cedar B. Hartley"
by Martine Murray
Allen and Unwin, 2002

 

 邦題の長さに興味を覚えて手にした本。主人公の言葉を借りながら、彼女のことと、事の起こりを紹介すれば、こんな感じになるだろうか。

 あたしはラナ・モンロー。12歳。将来はアクミョータカクなるかも。なんて、シーダー・B・ハートリーっていうのがあたしのほんとうの名前。ラナ・モンローっていうと、きれいで知的で有名人みたいにきこえそうだから、ちょっといってみただけ。いまは母さんと2人きりで住んでいる。父さんはいない。バーナビーというお兄ちゃんもいるけれど、よそにやられちゃっている。

 ある日、あたしの犬のスティンキーがいなくなった。〈たずね犬〉の張り紙をしたら「穏やかに川が流れるような声」の男の子から電話がかかってきた。その子がカイト。はじめて会ったとき、カイトは木の枝にぶらさがって、鉄棒でするみたいな技を見せてくれた。それからあたしの内側と外側で、いろんなことが変わりだした――。

 作品では、シーダーの語りが、話題をあちこちに派生させながらとりとめのないおしゃべりのように続いていく。でも、まだよく知らない誰かと話しているうちに、断片的なところから少しずつその人のことがわかってくるように、シーダーのこともだんだんわかってくる。シーダーのおしゃべりに、いつのまにか私はどっぷりつかり、シーダーの友情、家族への思い、淡い恋に心をゆらし、ラストの熱い感動をわかちあった。というのも、シーダーの言葉のひとつひとつに深みがあるからだ。シーダーは自分、家族、友だち、まわりの人のことをじっとみつめ、そこから汲みとれるものを出来る限り正確に、自分らしい言葉を使っていい表していく。「炭酸水みたいにあふれでる不器用な勇気」「まっすぐででこぼこのない道じゃなくて、曲がりきれないカーブを次々に投げつけてくる人生」こうした数々の言葉は、人の微妙な内面や人生の本質に触れていて、心にしんしんしみてくる。

 さて物語でシーダーは、ある計画をたて友人たちを誘う。その仲間の銘々が、ありのままの自分を生かすことで輝きだしていくさまは、すばらしく感動的だ。自分を無理やり変えないで、生かす道を探してみようという作者のメッセージが聞こえる。

(三緒由紀)

【文・絵】マータイン・マレイ(Martine Murray)
オーストラリア、メルボルン生まれ。美術を学ぶ一方でダンスやアクロバットを学ぶ。絵本 "A Moose Called Mouse"、ヤングアダルト小説 "How to Make a Bird" などの作品がある。本作は2003年オーストラリア児童図書賞 Younger Readers 部門の候補作となった。メルボルン在住。

【訳】斎藤倫子(さいとう みちこ)
1954年生まれ。国際基督教大学卒。『シカゴより好きな町』(リチャード・ペック作/東京創元社)、『ホワイト・ピーク・ファーム』(バーリー・ドハーティ作/あすなろ書房)などの訳書がある。東京都在住。

 

"Olive's Ocean"   "Ella Sarah Gets Dressed"   "The First Part Last"   "The Earth, My Butt, and Other Big Round Things"   "Keesha's House"   "Fat Kid Rules the World"   『ぶた ふたたび』   『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

Chicocoの親ばか絵本日誌 第26回 よしいちよこ

―― 「絵本か夢か現実か」 ――

 

『いたずらハーブ えほんのなかにおっこちる』表紙 『こわがりハーブ えほんのオオカミにきをつけて』表紙

 3月、しゅんは5歳になりました。ずいぶん自立心もめばえてきましたが、まだまだ甘えんぼうです。夜寝る前にかならずわたしと絵本を読み、眠るまでそばにいてほしいようです。こわい夢をみたくないからと、明かりをつけたまま寝ます。ある朝起きるなり、にこにこしながら「夢に魔法使いの妖精が出てきた」といいました。寝る前に『いたずらハーブ えほんのなかにおっこちる』(ローレン・チャイルド作/なかがわちひろ訳/フレーベル館)を何度も読んだせいでしょう。本を読みながら眠りについたハーブくんは本の中に落ちてしまいました。小さい時にいたずらがきをした本の登場人物たちが、いたずら犯人のハーブを見つけて追いかけます。ハーブはペンで出口を描いたりはさみで穴を作ったり、とにかく逃げる、逃げる……。しゅんは「シールはってある」とページを指でこすり、「あれ、ちがうやん」。ハーブの食べこぼしをおそるおそる触って、指を見て、「やっぱり、つかへん」。大きな扉のページが好きで、毎回かならず「ぼくが開ける」といいます。ユニークな楽しさがいっぱいの絵本ですが、ハチャメチャなようでいて、「これがこうなって、それでああなって」とストーリーを最後まで追える安心感もあります。読み終えて裏表紙を見たわたしが「友情出演、小さなオオカミくんだって。出てたっけ?」というと、しゅんは「出てたよ。ここ、ここ」とページをもどしてくれました。オオカミくんがかわいいドレスを着ているわけをしゅんがしっかり覚えていたことにも驚きました(シリーズ前作『こわがりハーブ えほんのオオカミにきをつけて』も読んでみてくださいね)。

『ぼく、ムシになっちゃった』表紙

『ぼく、ムシになっちゃった』(ローレンス・デイヴィッド文/デルフィーン・デュラーンド絵/青山南訳/小峰書店)を読みました。朝、目を覚ますとグレゴリーは茶色い甲虫になっていました。ところが、親友のマイケル以外、家族もほかの友だちもグレゴリーが虫になったことに気づきません。グレゴリーは虫のままで1日を過ごします。足が6本になったグレゴリーがシャツに穴をあけて足を2本出すところや、足のつめが床にこすれてカリカリとなるところなど、リアルな表現にしゅんは興味津々。それもそのはず、しゅんのお気に入りの遊びは虫好きの友だちとする「虫ごっこ」。「夜に起きるんやで。ヤコーセーやからな。みんなでジュエキを飲みに行こう。ぱたぱたぱた」などいいながら、壁にはりついてなにやら吸うまねをしています。しかし、この絵本を読んだ後、「ぼくやっぱり、カブトでもクワガタでも、虫にはなりたくない」といいました。夢で虫になったらいやなので、この絵本を寝る前には読まなくなりました。

 

【参考】
◇『いたずらハーブ えほんのなかにおっこちる』のレビュー
(本誌2003年6月号書評編)

 

"Olive's Ocean"   "Ella Sarah Gets Dressed"   "The First Part Last"   "The Earth, My Butt, and Other Big Round Things"   "Keesha's House"   "Fat Kid Rules the World"   『ぶた ふたたび』   『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 


●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。


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「FOSSILは化石って意味でしょ?レトロ調の時計なの?」。いえいえ、これは創業者の父親がFOSSIL(石頭、がんこ者)というあだ名だったことから誕生したブランド名。オーソドックスからユニークまで様々なテイストの時計がいずれもお手頃価格で揃います。レトロといえば、時計のパッケージにブリキの缶をお付けすることでしょうか。数十種類の絵柄からお好きなものをその場で選んでいただけます。選ぶ楽しさも2倍のフォッシルです。

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●編集後記●

カーネギー賞とケイト・グリナウェイ賞の候補作が発表になりました。ガーディアン賞受賞作や候補作品、プリンツ賞オナーなど、どこかで見かけた本が多いですね。私が注文する本は最終候補作に残るでしょうか?(あ)


発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: 竹内みどり(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人: 赤塚きょう子(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画: 蒼子 えみりい 河まこ キャトル きら ぐりぐら くるり ケンタ さかな 小湖 Gelsomina sky SUGO ち〜ず Chicoco ちゃぴ つー 月彦 どんぐり なおみ NON hanemi ぱんち みーこ みるか 麦わら めい MOMO ゆま yoshiyu りり りんたん レイラ ワラビ わんちゅく
協 力: 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
こけもも ながさわくにお

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