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月刊児童文学翻訳

─2000年7月号(No.22 書評編)─

※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版>
http://www.yamaneko.org/mgzn/
編集部:[email protected]
2000年7月15日発行 配信数 1,750


「どんぐりとやまねこ」

     M E N U

◎特集1
2000年 カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞発表

◎特集2
オランダの児童文学 〜情報編連動企画〜

◎Chicocoの親ばか絵本日誌
第2回「絵本とおやすみ」(よしいちよこ)



特集1

―― 2000年 カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞発表 ――

 

 7月7日、イギリスで最も権威ある児童文学賞、カーネギー賞、およびケイト・グリーナウェイ賞の発表が行われた。受賞作、および次点は以下の通り。

 

【カーネギー賞】(作家対象)

★Winner
"Postcards from No Man's Land" by Aidan Chambers (Bodley Head)

☆Highly commended
"Kit's Wilderness" by David Almond (Hodder)
"The Illustrated Mum" by Jacqueline Wilson (Doubleday)
本誌6月号書評編にレビュー掲載)

・Commended
"The Rinaldi Ring" by Jenny Nimmo (Mammoth)

 

【ケイト・グリーナウェイ賞】(画家対象)

★Winner
"Alice's Adventures in Wonderland" by Helen Oxenbury (Walker)
(邦訳『ふしぎの国のアリス』評論社)

☆Highly commended
"Clarice Bean, That's Me" by Lauren Child (Orchard)
下記レビュー参照)
"Castle Diary" by Chris Riddell (Walker)

・Commended
"Weslandia" by Kevin Hawkes (Walker)
(邦訳『ウエズレーの国』あすなろ書房/本誌99年9月号にレビュー掲載)

※全候補作のリストは、本誌5月号書評編参照

 

●カーネギー賞 〜薄れゆく様々なボーダー〜 

 昨年に引き続き、今年もタイムスリップなどで別の世界や時代の人物たちが出会う物語が候補作に多かった。これは世紀を跨いで成長していく現代若者たちを対象としているためか、それともボーダーレスな現代社会が、時空の壁や、現実とバーチャル世界の壁をも取り除いてしまったせいだろうか?

 受賞作"Postcards〜"は、祖父のお墓を訪ねてアムステルダムにやってきた17歳の少年、ヤコブの体験と、癌に侵され安楽死を決断した老婆、ギートルイの回想を並行して描いたもの。安楽死、芸術、戦争、不倫や同性愛など難しいテーマを扱っているため、「児童書」としての適切さが議論されている問題作。HC(Highly commended)の"Kit's Wilderness"では、「死」と名づけられた恐ろしい遊びを通し、現実と非現実の壁が薄れた独特の世界が描かれている。同じくHCの"The Illustrated Mum"で語られるのは、普通と異常の境界が薄れたシングルマザーと娘たちの、笑いと涙の物語だ。

 なお、例年行われる子供たちによる評価(シャドウイング)では、総数2000もの書評が寄せられ、"Postcards〜"には約100の書評が集まった。その中で、「私たちの気持ちをよく表している」とし、「受賞に値する」と評したのは、わずか4割程度。残りはかなり評価が低く、「二つの話からなる構成に混乱」「性的な内容・描写が児童書として不適切」「結末が曖昧」「ストーリーが全くない」などと批判している。人気が高かったのは、やはりハリー・ポッター第3巻であった。

 

●グリーナウェイ賞 〜『不思議の国のアリス』の新しい挿絵が受賞〜

 テニエルの描いた白いエプロン姿のお嬢様風なアリス(1865年出版)から一新して、質素なワンピース姿、素足にスニーカーを履いた、オクセンバリーの現代風アリス。しかし、気に入っているのは大人が主で、シャドウイングでは意外と子供たちの評は厳しく、淡い色使いや穏やかなタッチに物足りなさを感じる声が出ていた。

 HCの"Clarice Bean, That's Me"は、コミカルな絵で、子供たちにも人気が高い。"Castle Diary"は、中世に住む少年がお城に行き、そこで騎士見習いになるまでの過程を、絵日記形式で綴ったもの。お城での生活の詳細が分かり、面白かったと言う声が多かった。Commendedの"Weslandia"は、やまねこ翻訳クラブでも人気の高かった絵本(昨年度やまねこ賞受賞作)。ウエズレーはイギリスの子供たちの心もしっかり掴んだようで、シャドウイングでも好評だった。


*      *      *


 なお、"Weslandia"の作者ホークスは米国人、クーパー(下記レビュー参照)は在米英国人だが、両賞ともに、前年英国で新しく出版された英語の作品すべてを受賞の対象とし、作者の国籍は問わない。

(池上小湖)

◇参考:カーネギー賞ケイト・グリーナウェイ賞
◆両賞の詳細について(本誌1999年7月号「世界の児童文学賞」記事)
◆やまねこ翻訳クラブ作成リスト カーネギー賞ケイト・グリーナウェイ賞

 

カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞発表   "King of Shadows"   "Clarice Bean, That's Me"   オランダの児童文学   『ハンナのひみつの庭』   『ネコのミヌース』   エルス・ペルフロムの世界   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

◎カーネギー賞 候補作レビュー◎

『影の世界の王――シェイクスピアとぼく』(仮題)
スーザン・クーパー作

"King of Shadows"
by Susan Cooper
The Bodley Head Children's Books 1999
ISBN 0-370-32620-2, 181pp.

 

 演技の才能のある少年たちが全米各地から集められ、ロンドンのグローブ座でシェイクスピアの『真夏の夜の夢』を上演することになった。主人公のナット・フィールドが演じるのは、いたずら好きの妖精パック。演出家アービーの厳しい指導のもと、ナットは練習に励んでいた。だが、はじめてグローブ座の舞台の上で練習をした日、急に具合が悪くなり、高熱を出して倒れてしまう。昏睡状態に陥り病院に運び込まれたナットだが、検査の結果は医師たちにとって信じられないものだった。彼はペストにかかっていたのだ。

 翌朝、目を覚ましたナットは、あたりのようすがすっかり変わっているのに驚く。そこは16世紀末のロンドンだった。彼はこの時代でもナット・フィールドという名前で、近々グローブ座でシェイクスピアの新作『真夏の夜の夢』のパックを演じることになっていた。時代の違いにとまどいながらも練習をするナットの前に、シェイクスピア本人が現れる。彼自身も妖精王オーベロン役で劇に出演するのだという。シェイクスピアと共演! ナットは興奮し、やさしく包容力のあるシェイクスピアに急速に惹かれていく。やがて、ロイヤルボックスに女王陛下(エリザベス一世)を迎え、『真夏の夜の夢』の初日の幕が上がった――。

 主人公が過去にタイムスリップして歴史上の人物に会うという設定自体は、それほど珍しいものではないのかもしれない。だが、この作品の新鮮なところは、「なぜこんなことが起きたのか?」とナットが自問し続け、最後にその答えが示される点だ。事実とフィクションを合わせてファンタスティックな世界を作り上げ、「なるほど」と読者を思わず納得させる作者の腕前は見事というしかない。

 また、登場する大人たちが皆、主人公を暖かく見守り支えているという点も魅力のひとつだ。とくに父親の悲劇的な死によって深く傷ついていたナットにとって、シェイクスピアは父親のような存在だったのだろう。ふたりの時を超えた心のふれあいがあったからこそ、ナットは悲しみを乗り越えることができたのではないだろうか。

 カーネギー賞候補作の中では「ハリー・ポッター」に次いで人気の高かったこの作品。惜しくも受賞は逃したが、子どもたちの心をしっかりととらえた秀作である。

(生方頼子)

【作者】Susan Cooper(スーザン・クーパー)
 1935年イギリス生まれ。オックスフォード大学を卒業後、新聞社に勤務するかたわら、最初の作品"Mandrake"を書く。1963年に渡米し、現在はコネティカット州に在住。1976年、"The Gray King"(『灰色の王<闇の戦い3>』/評論社)にてニューベリー賞を受賞。邦訳作品には上記「闇の戦い」シリーズのほか、『古城の幽霊ボガート』(岩波書店)などがある。

 

カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞発表   "King of Shadows"   "Clarice Bean, That's Me"   オランダの児童文学   『ハンナのひみつの庭』   『ネコのミヌース』   エルス・ペルフロムの世界   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

◎ケイト・グリーナウェイ賞 次点作(Highly Commended)レビュー◎

『じぶんのへやがほしいってば!』(仮題)
ローレン・チャイルド作

"Clarice Bean, That's Me"
by Lauren Child
Orchard Books, 1999, 26pp.
ISBN 1841-21029-3

 

 クラリス・ビーンの家は、大家族。パパ、ママ、お姉ちゃん、お兄ちゃん、弟、おじいちゃん、イヌ、ネコ、カナリヤも! 4人きょうだいのうち自分の部屋を持っているのは、男の子のことしか頭にないお姉ちゃんと、部屋にとじこもってばかりいる思春期のお兄ちゃんだけ。クラリスは、口の減らない生意気な弟と同じ部屋。パパは会社でくつろげるし、ママだってベッドルームやバスルームで自分だけの時間を楽しんでいる。そして、おじいちゃんには、ゆっくりお昼寝できる自分専用のソファがあるというのに、クラリスには自分だけの場所がない。部屋の真ん中に線を引いて、こっちに入っちゃだめって言ってみても、すぐに弟は勝手に入ってくる。そんな弟とのけんかがはじまると、どうにも止められず、どんどんエスカレートしてしまい……。

 この絵本は、とにかく色彩が華やかでおしゃれ。ちょっといじわるそうな顔をしたクラリスが、自分の家族をシニカルに批評していておもしろい。負けず嫌いで、最後まで強気のクラリスだが、悪口の中にも家族への愛情が感じられる。特に、家族がそろって一緒にテレビを見ている場面では、家族っていいなというクラリスの声が聞こえてくる気がする。

 また、登場人物ごとに会話部分の字体を変え、家族それぞれの個性を表現している。そのページに本人が登場していなくても、文字を見てだれが話しているのかが分かるのは、おもしろいアイディア。クラリスの言葉は、気持ちと連動し、飛んだり跳ねたり、大きくなったりと忙しい。

 作者は3人姉妹の真ん中で、この話は自分の経験からヒントを得たとのこと。わたし自身、姉2人兄1人の4人きょうだいの末っ子で育ち、けんかは日常茶飯事だった。人に干渉されない自分だけの部屋が欲しいと思ったこともあったが、いざきょうだいが独立してみると、人の気配が恋しくてなぜか無性に寂しかった。そんなことも懐かしく思い出させてくれる作品だった。

(横山和江)

【作者】Lauren Child(ローレン・チャイルド)
 英国南西部のウィルトシア州育ち。Art School卒業後、子ども向け陶器のデザインなどの職業を経験したのち、絵本制作に入る。本書は、1999年スマーティー賞銅賞を受賞している。他に"I Want a Pet"(未訳)がある。今秋には"I Will Never Not Ever Eat a Tomato"、"My Uncle Is a Hunkle Says Clarice Bean"が出版予定。

※2004年3月、作者紹介文中の「"I Want a Pet"、 "I Will Not Ever, Never Eat a Toad"(2冊とも未訳)」を「"I Want a Pet"(未訳)」に、「"My Uncle Is a Hunkle Says Clar"」を「"My Uncle Is a Hunkle Says Clarice Bean"」に訂正

カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞発表   "King of Shadows"   "Clarice Bean, That's Me"   オランダの児童文学   『ハンナのひみつの庭』   『ネコのミヌース』   エルス・ペルフロムの世界   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

特集2

―― オランダの児童文学 (情報編連動企画) ――

 

 日蘭交流400周年を記念し、書評編では、やまねこ翻訳クラブで話題となった邦訳作品を中心に、オランダ児童書の概観とレビューをお届けする。

 

◎概観◎

 オランダ人は、国土の約4分の1が海抜0メートル以下という地理的条件、戦争の惨禍という歴史的条件を克服してきた。その国民性は克己や勤勉という言葉で語られることが多い。現代では、ひとくくりにそういった言葉をあてはめることはできないが、独立心とグローバルな視野を併せ持つ気骨は今も残り、児童文学作品の独特な斬新さにも現れているように思われる。

 オランダの絵本作家といえば、もちろん、ディック・ブルーナの名が第一にあがるだろう。1955年に誕生し、1963年に「うさこちゃん」として日本に紹介されたミッフィー(オランダ語ではナインチェ)をはじめ、彼の生み出したキャラクターたちは、今も絶大な人気を誇っている。本国ではこのミッフィーたちをしのぐほどの人気と聞くのが、マックス・ベルジュイスの「かえるくん」シリーズ(セーラー出版)。また、残念ながら現在は邦訳が入手困難だが、ハリエット・ヴァン・レーク作『レナレナ』(リブロポート)のイノセントな魅力は忘れがたい。

 児童文学作家では、やはり石筆賞(今月号情報編「世界の児童文学賞」参照)受賞作家たちの作品が興味深い。シンプルな寓話が哲学的な雰囲気をかもしだす、トーン・テレヘンの作品『だれも死なない』(メディアファクトリー)。一読、深い印象を残すエルス・ペルフロムの作品(下記レビュー参照)。フース・コイヤー『ひみつの小屋のマデリーフ』(国土社)は、女性の生き方を問うものとして、やまねこ翻訳クラブの女性会員たちの心を揺さぶった。オランダでは児童文学の第一人者として今も敬愛されている故アニー・M・G・シュミット。以前の邦訳作品は入手しにくくなっているが、新しく『ネコのミヌース』(下記レビュー参照)が邦訳されたばかりである。

参照:やまねこ翻訳クラブ作成、オランダ邦訳児童書リスト
(リストには、会員の書いたレビューを順次リンクさせる予定)

 

カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞発表   "King of Shadows"   "Clarice Bean, That's Me"   オランダの児童文学   『ハンナのひみつの庭』   『ネコのミヌース』   エルス・ペルフロムの世界   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

◎レビュー◎

 今回の書評編では、やまねこ翻訳クラブで特に話題となった、以下の作品をとりあげてみた。

 

★絵本 オランダの作家姉妹が描き出す、家族の絆★

『ハンナのひみつの庭』
アネミー&マルフリート・ヘイマンス文/絵
野坂悦子訳 1998.11.5 岩波書店 本体1,600円

"DE PRINSES VAN DE MOESTUIM"
by Annemie and Margriet Heymans
Amsterdam, Em. Querido's Uitgeverij B.V. 1991

『ハンナのひみつの庭』表紙

 もしも家族のだれかが死んでしまったら、残された者はその悲しみをどうやって乗り越えていくのだろう。この物語に登場する家族は、ハンナが7歳のときにママを失った。それから4年、家族は、母や妻のいない悲しみを受け止められず、どことなくギクシャクした状態にあった。だが、ハンナの「ひみつの庭」への家出をきっかけに、それぞれの心に変化が生じ、家族の絆が再確認される。

 死という深刻な問題を扱っているが、パステルと鉛筆を使った心暖まる絵とユーモアが散りばめられた文章のおかげで、作品に重苦しさは感じない。ママの愛した庭で、ハンナのかたくなな心は解き放たれ、家に残った弟は、姉思いの少年に成長していく。そして、ついには、心を閉ざしていたパパも……。名作『秘密の花園』の現代版ともいえる、子どもたちの成長と家族愛をテーマにした物語である。

 絵本にしては文章がかなり多い作品だが、作者は、あえて読み物ではなく絵本という形式を選んだのだろう。絵も文章も、左ページは家にいる弟の視点から描かれ、右ページは「ひみつの庭」にいるハンナの視点から描かれている。家族の心が少しずつ近づいてくると、ハンナの庭のページに弟やパパが描かれるようになる。お話と絵の両方で表現することで、読み物とは一味ちがう立体感を作り出しているのだ。

 文章が多く、ページごとに視点が変わる画面構成は、大勢を対象にした読み聞かせに向くとはいえない。だが、すべての絵本が“大人が子どもに読んであげる本”である必要はない。この本は、ハンナと同じ年ごろ、反抗期の入り口に立った子どもたちに、一人で、じっくり味わってもらいたい絵本だ。

 作者のヘイマンス姉妹は、二人ともオランダを代表する絵本作家。この作品は、二人が見開きの左右で絵を分担して手がけた絵本だが、そういわれなければ気付かないほど画風が似ている。柔らかな筆致のモノクロページと抑えた色調のカラーページの構成が絶妙だ。

 1992年銀の石筆賞受賞。英訳版は1994年度ALA Mildred L. Batchelder賞次点。

(河原まこ)

【作者】
Margriet Heymans(マルフリート・ヘイマンス)

 1932年生まれ。王立美術学校に学び、1972年より同校で教鞭をとる。1973年"Hollidee de circuspony"で金の絵筆賞、1989年"Lieveling, boterbloem"で銀の石筆賞を受賞。1988年、1998年にも金の絵筆賞を受賞している。

Annemie Heymans(アネミー・ヘイマンス)
 1935年生まれ。マルフリートの妹。1985年、"Neeltje"で銀の石筆賞受賞。1982年より美術大学でイラストレーションの講義をもつ。姉マルフリートとの共同作品は、この作品以外にも数多い。

【訳者】野坂悦子(のざか えつこ)
 1959年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。英語、オランダ語の翻訳家として活躍中。『マタビアは貝のおまもり』(岩波書店)、『夜物語』(徳間書店)など多数の訳書がある。(詳しくは、今月号情報編「プロに訊く」コーナーを参照されたい。)

 

カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞発表   "King of Shadows"   "Clarice Bean, That's Me"   オランダの児童文学   『ハンナのひみつの庭』   『ネコのミヌース』   エルス・ペルフロムの世界   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

★読み物 オランダの子どもの本の女王アニー・M・G・シュミット登場★

『ネコのミヌース』表紙

『ネコのミヌース』
アニー・M・G・シュミット作 カール・ホランダー絵
西村由美訳 2000.6.30 徳間書店 本体1,400円

"Minoes"
Annie M. G. Schmidt
Amsterdam, Em. Querido's Uitgeverij B.V. 1970

 ティベは青年新聞記者。けれど、ものすごく恥ずかしがり屋で取材ができず、書く記事はネコのことばかり。「ちゃんとしたものを書かなきゃクビだ」と編集長にいわれて困っているとき、台所からごそごそという音が聞こえてきた。行ってみると、女のひとがゴミバケツをあさっている。その様子がなんだか野良ネコのようにあわれで、ティベはそのひとを部屋に泊めてやることにした。ところが、ミヌースという名のそのひとは、ネコと話ができるなんておかしなことをいう。しかも「わたしはネコだったんです」とか――!?

 その日から、ティベはすばらしい記事を次々と書くようになった。ミヌースが、町じゅうのネコたちの話を聞いては教えてくれるからだ。そんなある日、ひき逃げ事件が起きた。ミヌースによると、犯人は町の名士エレメートらしい。「記事にして」と訴えるミヌースに向かって、ティベは頭を横に振った。「証拠がない。ネコは目撃者にならない」

 突然、ネコから人間の女性になってしまったミヌースが、恩人のティベを助けて大活躍する楽しい物語だ。内気な青年記者、欺瞞に満ちた町の名士、権力者にこびへつらう町の住民たちという、よくありがちな人物を描きながらも、会話の楽しさや胸をわくわくさせるストーリー運びで読者を最初から最後までひきつけて離さない。30年前の作品だが古さをまったく感じさせず、はたして善人面をしたエレメートに罰がくだるのか、ミヌースはいずれネコに戻るのか、と読者をやきもきさせる。「オランダの子どもの本の女王」と称えられた作者の人気作品が、ようやく日本に紹介された。心から歓迎したい。

(柳田利枝)

【作者】Annie M. G. Schmidt(アニー・M・G・シュミット)
 1911〜1995。子どものための物語・詩・劇作家として活躍し、オランダで最も読まれ、愛された作家といわれる。1988年に国際アンデルセン賞を受賞したほか、青少年文学のための国家賞、金の石筆賞、銀の石筆賞など数々の賞を受賞。既訳に『魔法を忘れたウィプララ』『天使のトランペット』(どちらもあかね書房/現在絶版)『鼻の島特急』(角川書店)がある。

【画家】Carl Hollander(カール・ホランダー)
 1934年アムステルダム生まれ。オランダの有名な児童文学作家の挿絵を数多く手がけている。

【訳者】西村由美(にしむら ゆみ)
 福岡県生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業。1984年から2年間にわたってオランダに在住し、帰国後、外務省研修所にオランダ語講師として勤務。訳書に『調子っぱずれのデュエット』(くもん出版)などがある。

 

カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞発表   "King of Shadows"   "Clarice Bean, That's Me"   オランダの児童文学   『ハンナのひみつの庭』   『ネコのミヌース』   エルス・ペルフロムの世界   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

★エルス・ペルフロムの世界

 現代オランダ児童文学界の異才、エルス・ペルフロム。「金の石筆賞」を受賞した代表2作品から、ペルフロムの物語世界を考える。

『小さなソフィーとのっぽのパタパタ』
エルス・ペルフロム文 テー・チョン・キン絵
野坂悦子訳 徳間書店 1999 本体1300円

"Kleine Sofie en Lange Wapper"
text by Els Pelgrom
illustrated by The Tjong-Khing
Amsterdam, Em. Querido's Uitgeverij B.V.1984

『第八森の子どもたち』
エルス・ペルフロム作 野坂悦子訳
福音館書店 2000 本体1700円

"De Kinderen Van Het Achtste Woud"
text by Els Pelgrom
illustrated by Peter van Straaten
Amsterdam, Em. Querido's Uitgeverij B.V.1977

 まず、ペルフロムのファンタジー『小さなソフィーとのっぽのパタパタ』を紹介する。主人公ソフィーは、病気の女の子。自分の部屋以外の世界をほとんど知らない。けれど心は好奇心でいっぱいだ。雨も木々の緑もソフィーの心をくすぐる。中でも、ソフィーがいちばん知りたいのは、「生きること」の意味なのだった。

『小さなソフィーとのっぽのパタパタ』表紙

 ある夜ソフィーは眠れずにいた。真夜中過ぎ、突然、目の前に不思議な光景が現れた。部屋中の人形たちが動きだし、お喋りをしている!「人生でなにが手に入るか」という芝居を始めようとしているところだった。「わたしもそのお芝居にでるわ」いつの間にか小さくなったソフィーは、大好きな人形ののっぽのパタパタや猫のテロールとともに、舞台に上がった。そのとたん、舞台は消え、雨の降る暗い夜道に3人は放り出された。

 たどり着いたのは、パタパタの家。そこには飢えた兄弟たちが待っていた。パタパタは食べ物を盗みに地主の屋敷にしのびこむ。目に映ったのは、太った地主たちのぬくぬくと眠る姿だった。どうにか飢えをしのいだ家族を残し、3人は旅を続ける。途中、旅まわりの一行といっしょになり、物乞いや人形芝居をしながら村々をめぐる。ソフィーにとっては何もかも目新しく、わくわくすることばかりだった。ところがあろうことか、人形つかいの奥さん、アナベラがパタパタを誘惑し、ふたりは駆け落ちしてしまう。ソフィーとテロールを置き去りにして……。

 ファンタジーとはいっても、描かれているのは矛盾に満ちた現実そのものだ。貧困とぜいたく、友情と裏切り、愛と無関心などが、表裏一体となって存在する。読み進むうち、正直言って少しつらくなった。人生はそれで釣り合いがとれているのか、と。

 パタパタは、アナベラに裏切られて運が尽き、盗みの罪で牢屋の中だ。そうと知ったソフィーは、危険もかえりみず救いに行く。つらいこともたくさんあった。けれど今、ソフィーは思う、「もうこわくない、大好きな友だちといっしょだもの」。そうして勇気をふるって世界に立ち向かう。その瞬間、彼女の心をふるわせたのは、世界のほんとうのうつくしさだった。

『第八森の子どもたち』表紙

 ペルフロムには『第八森の子どもたち』という、戦争中農家に疎開した少女ノーチェの物語もある。こちらは自伝的要素の濃いリアリズム作品だ。「第八森」とは詩に歌われる森で、普通とは違う子どもたちが隠れ住むという。実際この物語では、普段ならまったく立場の違う子どもたちが、同じ森に、農場に、戦争という異常な期間、同居している。町の少女ノーチェ、農場の息子エバート、生まれつき重い障害のあるエバートの妹、森にひそむユダヤ人家族とその赤ん坊サラ、前線で絶望的に闘うドイツ少年兵……。戦争でなければ、会うこともなかった子どもらが、出会い、別れてゆく。この子らもまた、「第八森の子どもたち」なのだろう。

 主人公ノーチェは、敵国ドイツに激しい憎しみを抱く一方、遠くに見えるドイツの森を「きれいだ」とも思う、そんな無垢な感覚をもった子どもだ。戦争だからと言って、金色に輝く雪の粉や、刻々と変わる空の色を見ないではいられない。戦争は子どもたちの人生を翻弄する。それでもなお、子どものもつ「真に自然なもの」を奪い去ることは、誰にもできない。

 ソフィーとノーチェ。ふたりの物語の手法はまったく違うが、描き出される世界は同じところにつながっていく。著者ペルフロムはインタビュー(*注1)に答えて、「私の頭にずっとあるのは、<なにが現実なのか>という問題だ」と述べている。『ソフィー〜』は、病気の子どもの見た、単なる夢の話などではなく、限りある生を生きる子どもが、芝居という枠の中で、より率直にありのままの現実を観察していくという物語だ。ソフィーの心には、目に見えない内側の世界も、くっきりと映し出される。また『第八森〜』は、ペルフロムが10歳のころの戦争体験をもとに語られたものだが、作家ひこ・田中氏にあてた手紙(*注2)にはこう書かれている。「私は(戦争という)『恐ろしい体験』だけを書くべきとは思わなかった。(中略)戦争であっても、善い人たちに出会い、愛や友情が生まれ、豊かな自然の中で、互いに助け合いながら人間らしく暮らしていた」と。ペルフロムにとって「なにが現実なのか」に対する答えは、見える世界を忠実に観察することと、目には見えない、内的な世界というもうひとつの現実を、より注意深く描こうとする姿勢から得られるのだろう。

 ソフィーもノーチェも、多くのつらい経験にもかかわらず、ある瞬間、「世界ってなんてうつくしいの」と感動する。ふたりに共通するのは「無邪気さ」ではないかと、わたしは思う。どんな状況にあっても、自分を忘れて世界のうつくしさにとけ込んでしまう。これは、生きる上でのたくましさに通じるものだろう。

(中務秀子)

*注1
1984年に、児童文学作家・評論家のリンデルト・クロムハウトが行ったインタビュー
(『児童文学評論』No.25.02 2000/01/25日号)

*注2
2000年、ペルフロムが児童文学作家ひこ・田中氏の質問に答えた手紙。
(『児童文学評論』臨時増刊 2000/06/25日号)
本誌発行時点で、この増刊号はホームページには未収録

「児童文学評論」は、ひこ・田中氏発行のメールマガジン。バックナンバーは氏のホームページ『児童文学書評』で参照できる。

【作者】Els Pelgrom(エルス・ペルフロム)
 1934年、オランダのアルネムに生まれる。1977年に『第八森の子どもたち』で「金の石筆賞」を受ける。85年に『小さなソフィーとのっぽのパタパタ』で、90年に『どんぐり食いたち』("De Eikelvr eters" 未訳)でも受賞し、「金の石筆賞」初の3度の栄冠に輝く。94年には作家としての全業績に対して、「テオ・タイセン賞」が贈られた。

【訳者】野坂悦子(のざか えつこ)
 上記『ハンナのひみつの庭』の訳者情報参照

【画家】The Tjong-Khing(テー・チョン・キン)
 1933年インドネシア生まれ。中国系オランダ人。『小さなソフィーとのっぽのパタパタ』で「金の絵筆賞」を受賞。

【付記】
 画家テー・チョン・キンについて、ひとことふれておきたい。ペルフロムは『小さなソフィーとのっぽのパタパタ』に関して、「はじめから、文章と絵が同じ比重をしめる本を作ろう」と考えていたという(上記*注1)。宝物のようにうつくしい絵は、文と完全に一体となっており、物語の魅力をおおいに高めている。

 

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Chicocoの親ばか絵本日誌 第2回 よしいちよこ

―― 「絵本とおやすみ」 ――

 

 0歳児に必要なのは、授乳、おしめかえ、お風呂、睡眠……。しゅんが4か月頃、最大の悩みは「寝ぐずり」でした。12時、1時になっても寝てくれず、大泣きされる毎日です。そこで、育児雑誌で見つけた寝かしつけの方法をいろいろ試すことにしました。その中に「絵本を読んであげると眠くなる」というのがありました。ある夜、寝ぐずりが始まったので、さっそく作戦開始。

『うちのあかちゃんトンパちゃん』表紙

 出産祝いにプレゼントしてもらった絵本『うちのあかちゃんトンパちゃん』(クリスティーナ・ロウヒ作/坂井玲子訳/徳間書店)を読みました。ごきげんななめで目覚めた赤ちゃん、トンパちゃんの1日を美しい水彩画で描いた絵本。トンパちゃんの表情はしゅんにそっくりで、わたしの大好きな絵本だったのですが、好きなのは母だけでした。しゅんは上手にできるようになった寝返りで、くるりと身をかわし、絵本から顔をそむけると、さらに大きな声で泣き続けました。けっきょく、その夜もわたしは半分眠りながら、だっこしてゆらゆらする作戦をとることになりました。4か月児の寝かしつけには効きませんでしたが『うちのあかちゃんトンパちゃん』は赤ちゃんのいる人にぜひ読んでほしい絵本です。きっと「うちの子にそっくり」と思うはず。

『おやすみなさいおつきさま』表紙

 さて、しゅんが5か月になった頃、東京・渋谷の「子どもの本の店」の店長さんにすすめられ、『おやすみなさいおつきさま』(マーガレット・ワイズ・ブラウン文/クレメント・ハード絵/せたていじ訳/評論社)を買いました。「ベッドに入ったこうさぎが、部屋の中の物ひとつひとつにおやすみをいっていき、最後に眠りにつく絵本です」という店長さんの言葉を聞き、寝ぐずりに効くかもしれないと思ったのです。絵本デビューとなった『こねこのウィジー』(6月号参照)と『おやすみなさいおつきさま』の2冊が、しばらく我が家の読み聞かせの中心となりました。

 しゅんは5か月でハイハイ、6か月でおすわりがしっかりできるようになりました。それまではいっしょにうつぶせで寝転んで、足をぱたぱたさせながら絵本を見ていたのですが、この頃から絵本タイムのポジションが変わります。しゅんは座った姿勢でしっかりと絵を見て、わたしの声を聞くようになりました。『おやすみなさいおつきさま』は、この後しゅんにとって特別な絵本となります。その話は、また次回に。

 

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●編集後記●

 8月の定期休刊を前に、盛りだくさんの特集を組んでみました。じっくりお読みいただけたら幸いです。(き)


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